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オレンジ宇宙制作室(創作文章ブログ)

十月病

 今年も十月を踏んづけた。その足元からぶわりと湧き起こった雲は、ぐるぐると渦を巻いて空に上がった。見上げる間もなく、雲は私の左手の甲に吸い込まれ、目になる。ラメ入りのアイシャドー、紺色のアイライン、これでもかとマスカラを塗ると、ぱしぱしと瞬きをしてから、すうっと消えていった。
2019.10.12 12:45(Sat)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

都民の日

 昨年偶然再会した男から連絡がきた。あれから私は数ヶ月に一度のペースでお店に行くようになっていた。彼のオムライスはやっぱり絶品なのだ。
「明日、うちに来るか?」
「え?」
 聞き返すと、彼は慌てて付け加えた。
「間違えた。うちの店、うちの店な。……うちでも全然構わないけど」
「そうじゃなくてさ。なんで明日? 火曜日だよ?」
 彼の店は隣の県だ。ランチタイムはもちろん会社帰りに寄れる距離ではない。
「明日は都民の日だろ?」
「へー、そうなんだ」
 気にしたことがなかった。
「会社は関係ないよ。普通に仕事」
「あ、そうだよな。悪い。ほら、マコトがさ、おねえさんは都民だから休みだよって言うからさ」
「小学生は休みだろうねー」
 私は彼の甥っ子の顔を思い出して、苦笑する。
「しばらく来てないからマコトが会いたがってたぞ。……あ、もちろん俺も」
 電話のせいか、彼の言葉は最後の方が毎回よく聞き取れない。
「じゃ、体育の日に行くからって、マコト君に伝えておいてよ」
 そろそろオムライスも食べたいし。




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「県民の日」の続編。
2019.10.01 09:07(Tue)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

県民の日

 波の音をベースに懐かしい歌を口ずさみながら、防波堤を歩く。忘れてしまった英語の歌詞を適当にごまかしたら、メロディもわからなくなった。
 謎の虫を踏まないようにして、大きくひらけた海に向かって仁王立ちする。
 白波の打つ水面は、緑がかった淡い青。少し霞んで見える水平線。薄曇りの空。潮の匂い。湿った風。
 対する私は、八センチヒールのパンプス。きっちりとプレスのかかったパンツスーツ。ノートパソコンが入ったトートバッグ。
 ――だいぶ場違いだ。
 電車でうっかり居眠りしてしまい気づいたら終点だったのだ。
「海なんて来るつもりなかったのに」
「じゃあどこに行くつもりだったの?」
 答えが返ってくるとは思わず、私は驚く。振り返ると男子小学生だった。防波堤の下から、私を見上げている。
「会社」
「ああ、そっか。金曜日だもんね」
 そっけない私の返事を気にせず、少年はうなずく。
「それより、そっちは? 学校じゃないの?」
「県民の日」
「何それ。休みなの?」
「知らないの?」
「知らなーい!」
 ふんっと顎を上げると、少年は「変なおとな」とつぶやいた。
「ねえ、暇?」
「すっごく忙しい」
「嘘だー」
 防波堤の上を歩き出すと、少年も付いてきた。
「ねえねえ、お腹すかない? おすすめの喫茶店があるんだけど」
「たかりかよ」
「オムライスがおいしいんだよ」
 その言葉に私は立ち止まる。そういえばもう何年も食べていない。
「ねえってば! 聞いてる? おばさん!」
「おねえさんって呼びなさい」
「え? おねえさん?」
 疑問形ってどうなの。

 少年のおすすめの喫茶店はさほど遠くなかった。数台停めたらいっぱいになる狭い駐車場。その奥に建つ洋館風の店は、年季が入った落ち着いた風情だった。窓下の花壇に植えられた紫陽花が薄桃に色づいている。すりガラスのはめ込まれた扉には「CLOSE」の札がかかり、窓から見える店内は暗い。
「休みなんじゃない?」
「大丈夫大丈夫」
 少年はにっこりと笑うと、ドンドンと扉を叩く。
「おじさーん! 開けてー!」
「ちょっ、ドア壊れるって」
 私が慌てて少年を止めるのと、扉が開くのは同時だった。
「遊び場じゃねぇって言ってんだろ。帰れ!」
「ほら、お客さん! 連れてきたから! 僕も入っていいでしょ?」
 少年は私の背中を押す。扉を開けた男は私を見て「あ!」と叫んだ。もちろん私もだ。
「何しに来た! まさか俺を探して……?」
 男が驚いて飛び退いたすきに、少年は店内に入った。
「何言ってんの? オムライス食べに来たに決まってるじゃん」
 少年は私の代わりに答えて、さっさとカウンターに座る。
「おばさ、じゃなくておねえさんは、会社に行くつもりだったのに海に来ちゃったんだって。暇そうだから、誘ってあげた」
 私がうろんな目で見上げると、男は「姉の子ども」と端的に説明した。大きく扉を開けて私を促す。ここで帰るのもおかしいと思い、私は素直に従った。
 男がカウンターの奥に入ると、店内の灯りが点った。趣味が変わっていないのか、わざと選んだのかわからないけれど、あのころよく聞いていた曲が流れてきた。
 私はうろうろと店の中を見て回る。テーブルや椅子も年代物だ。実家を継いだのかなと考えて、実家が喫茶店だったのかどうかも知らないと気づく。甥はおろか姉がいたことすら初めて知った。
 普段着の上にエプロンを付けた男は、奥から出てくると、少年とその隣の席に水を置いた。
「そういや、今日は金曜じゃねぇかよ。おまえ、学校サボったのか?」
「今日は休み」
「県民の日だって。知らないの?」
 私は少年の隣に座り、二人の会話に割って入る。
「ああ、そんなのあったなー」
 男は納得してから、こちらを見た。
「おまえ、県民になったのか?」
「ううん、都民だけど?」
「俺は県民なんだ」
「うん、そうだろうね」
「ああ、そうなんだよ……」
「ん?」
「あのさ……おまえ、県民になりに来たわけじゃねぇよな?」
「え? 引っ越すつもりなんてないよ」
「いや、そうじゃなくて……ああ、いや、そうだよな……」
「ん?」
「ねえ! おじさんとおねえさんは知り合い?」
 そこで唐突に少年が疑問を挟んだ。
「うん、昔の……えっと……」
「友だち?」
 言いよどむ私に、少年は無邪気に首を傾げた。
「そう、友だち。久しぶりに会った」
「何か月ぶり?」
「えー、何か月って言われても」
 子どもにとっては数か月でも久しぶりなのか。
「何年ぶりだっけ?」
「二十九か月ぶり」
 男に聞くと、平然と返された。
「オムライスでいいのか」
「うん」
「僕のおすすめ」
 自慢げに胸を張る少年に目を細めて、男に向き直る。私のおすすめでもある。
「二十九か月ぶりのオムライスだよ」


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2018/05/18
テキレボ7のWebアンソロジー「海」への投稿作
2019.10.01 08:53(Tue)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

アイコン博物館

「まずはこちらがフロッピーディスクです。保存のアイコンで有名ですね」
「あ、上のあれってラベルシールだったんですね」
「はい、そうなんです。ちなみにこちらがMOディスクです」
「分厚い!」
「続いてこちらは、写真のアイコンでおなじみのカメラです」
「上のでっぱりって何なんですか?」
「ストロボです。あれは出し入れできるんですよ」
「すごい!」
「そしてこちらも写真のアイコンでよく登場する月と山並みです。風景写真のイメージですね」
「わぁ、こんなに大きいんですか?」
「中に入っていただいても大丈夫ですよ。ただし、月には触らないでくださいね」
2019.09.19 21:06(Thu)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

私の鱗

 左頬にできた吹き出物は、つぶれ方が悪かったのか、かさぶたを経てシミになってしまった。
 鏡で確認すると、小指の先ほどの皮膚が茶色く変色している。
 ある日、ふと触れたらするりと滑らかな感触がした。首を傾げつつ、もう一度指先でなぞる。少し硬くて、つるつるしている。
 またかさぶたになったのだろうかと鏡を見たけれど、普通のシミだった。触って確かめても普通の皮膚だ。
 そのときは気のせいかなと思った。しかし、それが何度も起こった。
 鏡で見てもシミなのに、無意識に触れたときだけ、硬くて滑らかな……何だろう? 周囲の皮膚より少し盛り上がっている。感触は爪に似ている。でもこれはきっと鱗だ。
 私の鱗。
 そう考えると愛着が湧いてきた。
 鱗になる頻度はだんだん高くなっている。魚かトカゲか、私は何になるのだろう。



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2019/06/30
テキレボ9のWebアンソロジー「imagine」への投稿作
2019.08.26 22:01(Mon)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

分解

 家に帰るなり、言葉にならないことを叫んで、カバンを投げた。ゴムを引き抜いて髪を解くと、ピアスを外すのが面倒になって耳ごと外す。そうしたらヤケクソになって、右腕を引っ張り、両足を蹴り飛ばして、左腕はドアに引っ掛けて、自分で自分をバラバラにした。床に転がると、天井が高い。小さな人形に戻ったのだ。思わず、ほっと息が漏れた。そのとき、最後までここにあった何かが、すぅっと私から離れたのがわかった。
2019.08.25 22:01(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

屁理屈屋

「遅刻の言い訳、ありますか?」
「お仕事ですか? プライベートですか?」
「友人との待ち合わせです。けっこう頻繁に会うので、もうストックがなくて」
「そうですねー、こちらなんてどうです?」
「あ! この生産者さん、前にも買ったことあります! あのときはとても助かりました! これにします!」
「ありがとうございます。お包みしますか?」
「いえ、大丈夫です。すぐ使うので」
「ああ、遅刻真っ最中なのですね。ご健闘をお祈りします」
2019.07.20 10:05(Sat)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

渋谷の塔とオムライス

「渋谷に塔が建ったんだって! 一晩で、突然!」
「へー、何のプロモーション?」
 私の興奮に反して、義理の息子の博己はスマホから顔もあげないまま聞いた。
「宣伝じゃないみたい。誰がどうやって何のために建てたか、全然わからないって」
 日曜の朝の情報番組はどこもその話題で持ちきりだった。直径は三メートル、高さは十メートルほど。白い金属らしき光沢のある円筒形の塔が、渋谷の駅前の商業ビルの屋上に立っている。向かいのビルから撮影した映像は、タバコを立てたように見えた。
 どういうわけか、私にはその塔が懐かしく思えた。実際にこの目で見てみたい。
「渋谷まで、見に行かない?」
 そう誘うと、やっとこちらを見た博己は、顔をしかめる。
「えー、何で? どうせ混んでるだけだろ」
「なんだか懐かしい気がするの」
「あれが?」
 博己は怪訝な顔でテレビを指差す。自分でも理由がわからないのだ。曖昧にうなずいて、私は続ける。
「ほら、博己と一緒に出かけることもこれからは年に一度あるかないかでしょ。せっかくだから、いいじゃない」
「うーん」
「渋谷のオムライスの有名なお店! あそこでお昼奢るから! ね?」
「オムライスなら、俺、美紀さんが作ったのが一番好きだけど」
 初めて引き合わされたときにはもう中学生だったせいか、博己は私のことを母とは呼ばない。親子になって五年、夫が死別して二人きりになってから三年。大学進学のために、春から息子はこの家を出て行く。私が落ち着かないのはそのせいだろうか。
 なだめすかして、最後には半ば泣き落とし、私は博己を連れ出すことに成功した。

 やっと免許が取れた。思い立ってから三年もかかってしまった。何度も試験に落ち、教習所の教官にも匙を投げられる寸前だった。そこまでして免許が必要かと問われると、首を振るしかない。ただ、どうしても二十一世紀のオムライスが食べてみたかったのだ。
 もちろん現代にもオムライスはある。しかし、二十一世紀のものとは天と地らしい。その中でも、渋谷にある専門店がおいしいと評判だった。無類のオムライス好きの僕としては、ぜひとも食べてみたい品だった。
 免許が交付された翌日、さっそく僕は出かけた。指定された駐車場にタイムマシンをとめ、二十一世紀の渋谷に降り立つ。目当ての店はすぐに見つかり、僕はオムライスを堪能した。幸せな気持ちで街を散策して戻ろうとしたけれど、人が集まっていて駐車したビルに近づけない。何かイベントでもあるのだろうかと辺りを見回すと、隣にいた男女の話が耳に入った。
「通行止めだって」
「もっと近くで見れないの?」
 前方を見る若者と、女性の方は歳の離れた姉か若い母親かといった年齢差だ。
「無理だろ、これじゃ。だから言ったのに」
「謎の塔、見たかったんだけれど」
「な、謎の塔?!」
 僕は思わず大声を上げてしまう。それは僕のタイムマシンのことではないのか?
 驚いて振り返った二人に、息せき切って尋ねる。
「すみませんっ! この先、何かあったんですか?」
「ええ、ビルの屋上に突然塔が現れたんですって」
 女性が答える。彼女は僕の顔を見ると、首を傾げ、何度か瞬きした。
「どんな塔なんですか?」
 そう聞きながら、僕も不思議に思った。彼女の顔に見覚えがある。もっと近くで見たくて距離を詰める。
「白い塔なんですけど、そんなことより……どこかでお会いしたことないですか?」
 こちらを見上げる彼女の手を取る。その感触も懐かしい気がする。引き寄せると、彼女はされるがままに僕の腕の中に収まった。
「あの……」
「……あなたは……」
 見つめ合う僕らの間に、無粋な笛の音が響いた。現れたのは時間旅行組合の取締官だった。
「花田さんですか? あなた、駐車したマシンに透過カバーをかけ忘れましたね?」
「あっ!」
「重大違反ですから、まずは強制送還です」
「え、今?」
「当然です」
 無情な取締官は、僕の腕を掴むと手元のコントローラーを操作する。まずい。すぐに三十世紀に連れ戻されてしまう。やっと彼女に会えたのに! はっとして、僕は彼女を――美紀を抱き締める。美紀も目を見開いて僕を見た。彼女も思い出したのだ。
「一緒に帰ろう。もう一度、二人で暮らそう!」
「ええ! 今度はうまくやれそうよ」
 僕らの様子には構わず、取締官は言った。
「言っておきますけど、戻ったら、花田さんは免許取り消しと罰金ですからね」

 人でごった返す渋谷に置いてけぼりになった俺は、スマホに見せかけた時空通信機を取り出すと、三十世紀の会社に電話をかけた。
「お疲れ様です。博己です。今、終わりました」
 裏通りに入ると擬態をといて、本来の姿に戻る。ずっと少年を演じていたため、自分の口調に違和感がある。
「花田さん、取締官に連行されちゃったんで、フォローお願いします。美紀さんの長期滞在申請はうちの社からなので、連絡行くと思いますが」
 花田夫妻の『離婚危機乗り越え別居プラン』の契約書を確認する。オプションには『相手のことを忘れて違う人生を生きたい』『できるだけ遠くで暮らしたい』『劇的な再出発がしたい』とチェックが入っている。
「いくらなんでも、三年って時間かかりすぎじゃないですか?」
「悪いな。花田さんがなかなか免許取れなくて」
 電話の向こうの上司は苦笑する。俺はため息を零す。
 花田氏に会ったあとの美紀さんは、俺のことなどすっかり忘れていた。何度確かめても、契約書の『場合によっては離婚もあり』オプションにはチェックが入っていない。
「お前にもボーナス出るから、それで勘弁してくれ。一週間有給出すから、そのままそっちを観光してきてもいいぞ。それじゃ、お疲れ」
 労う口調が軽い上司との電話を切ると、俺は、美紀さんと一緒に食べる予定だったオムライスの店に足を向ける。でも本当は、美紀さんの作ったオムライスが食べたい。一緒に暮らした三年間はとても楽しかった。
 天を仰ぐと、時間旅行組合の事故処理班がマシンの回収と記憶操作にやってくるのが見えた。
 花田氏なんて違反の罰金とプラン延長料金で破産してしまえばいいのに。



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2016年作
2019.07.15 12:31(Mon)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

おいしいライブラリ

「このミートソース、缶詰なの?」
「いいですか。市販のソースやタレや素は、UIライブラリです。あなたは毎回datepickerを自作しますか? しませんよね。おいしいライブラリがあるのに私がミートソースを自作する工数は必要でしょうか?」
「……えーっと、そしたら、この漬物は?」
「母に外注しました」
2019.06.27 13:18(Thu)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

方角

 トランクに荷物を入れてもらい、乗り込むと早速聞かれた。
「どちらまで?」
「明日ってわかります?」
「うーん、ちょっと待ってくださいねー」
 カーナビを操作してから、運転手は同じ調子で「うーん、出てきませんねー」と首を傾げた。
「だいたいの方面はわかりますか?」
「あ、はい。じゃ明後日の方に」
 タクシーは走り始める。
「大きな荷物でしたけど、ご旅行で?」
「ええ、まあ」
「どちらから?」
「おとといから来ました」
 雑談に応じながら私は考える。
 明日はどっちだったっけ?
2019.06.11 08:25(Tue)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |
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