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オレンジ宇宙制作室(創作文章ブログ)

新しい靴下の消失

 靴下が消えた。
 二足セットの新しい靴下だ。リビングで開封して、寝室に持って行ったときにはすでに一足だけになっていた。
 自分の動作を思い出しながらリビングまで戻ったけれど、廊下には何も落ちていなかった。大した距離ではないし、陰になるものもない。何もないのだ。
 途方に暮れた私は、リビングにいた彼に詳しく説明した。すると、彼は腕組みをする。
「召喚されたのかな」
「召喚? 靴下が?」
「今日は寒いみたいだからさ」
「ああ、吹雪マークついてたもんね」
 隣の平行世界はもうずいぶんと寒いらしい。それにしても、靴下くらいあるだろうに。最新の発熱素材だからか。
「うーん、誰かの役に立ってるなら、仕方ないか」
 納得はいかないけど。
2019.12.08 00:18(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

冬の夜

 帰り道、いつのまにか暗くなったことに気づいて見上げると、空には無数の光が瞬いていた。白、金、青や赤まで、とてもカラフルだ。
「見て」
 隣を歩く彼の腕を引いて、二人で足を止めた。
「夜景かな」
「きれい」
 見ているうちに、光は柔らかく滲んで、ところどころで混ざり合う。水彩画のようだ。
「水面だね」
「ゆらゆらしてる」
「きれいだね」
 私のお気に入りの角度で笑って、彼は私の手を取る。私たちの手袋の毛糸は少しずつ絡まって、夜が更けていく。
 
2019.12.05 22:24(Thu)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

遠くからでも

 校歌の一番に必ず「富士」と入っている地域で生まれ育った私だけれど、その大きさを実感したのは、二百キロ以上離れた筑波山から富士山を見たときだった。以来、どこに行っても富士山を探すのがくせになっている。台風一過の今朝は、カフェオレを飲み干したマグカップの底にくっきり現れていた。今日はいい日になりそうだ。




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点字物語「天の尺(あまのじゃく)」への投稿作(選外)
http://owarai.to/amanojaku634/monogatari.html
選んだ絵:尾州不二見原
2019.11.25 21:30(Mon)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

秋の夜

 塀の上を三毛猫が歩いていた。黒の部分が多めの三毛猫だ。
 寝静まった街。人の気配はない。虫の声だけが途切れずに夜を彩っていた。
 ふと甘い香りが鼻を掠め、猫は立ち止まる。そこにぱらぱらと小さな花が降ってきた。金木犀だ。辺りを見回しても木はない。花が飛ばされるほどの風もない。
「翡翠」
 猫は虚空に声をかけた。ぱたぱたと動く尻尾は二つに割れている。
 返事の代わりに、今度は一握りもありそうな塊で花が降ってきた。
「翡翠」
 頭を振って小山になった花を落とし、猫は再度呼びかける。険のある声音だった。
 彼を知っている者が見たら「珍しい」と驚くだろう。しかし元凶は彼の不機嫌を気にも留めなかった。
 笑い声とともに和装の男が宙に現れる。男は半透明で、背後の夜空が透けて見えていた。
「湖冬、愉快な形だな」
「誰のせいだと」
 落としきれなかった花をつけたまま恨めしげに見上げる湖冬に、翡翠は片手を挙げる。
「ああ、私が悪かった。謝ろう」
 全く悪びれずに言う。
「集めたんですか、これ」
「もちろん」
「暇なんですね」
 湖冬はため息を吐く。
「ああ、暇すぎてな。だから誘いに来たのだ」
 翡翠はにやりと笑った。
「さあ飲むぞ」
「これが肴ですか」
「悪くないだろう?」
「ええ、いいですね」
 音もなく猫と男はかき消え、残された花が舞う。甘い香りは彼らの後を追うように、するすると霧散していった。


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テキレボ9の300字SSポストカードラリー参加作品の長いバージョン

以下、元の短いバージョン。

2019.10.22 19:21(Tue)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

十月病

 今年も十月を踏んづけた。その足元からぶわりと湧き起こった雲は、ぐるぐると渦を巻いて空に上がった。見上げる間もなく、雲は私の左手の甲に吸い込まれ、目になる。ラメ入りのアイシャドー、紺色のアイライン、これでもかとマスカラを塗ると、ぱしぱしと瞬きをしてから、すうっと消えていった。
2019.10.12 12:45(Sat)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

都民の日

 昨年偶然再会した男から連絡がきた。あれから私は数ヶ月に一度のペースでお店に行くようになっていた。彼のオムライスはやっぱり絶品なのだ。
「明日、うちに来るか?」
「え?」
 聞き返すと、彼は慌てて付け加えた。
「間違えた。うちの店、うちの店な。……うちでも全然構わないけど」
「そうじゃなくてさ。なんで明日? 火曜日だよ?」
 彼の店は隣の県だ。ランチタイムはもちろん会社帰りに寄れる距離ではない。
「明日は都民の日だろ?」
「へー、そうなんだ」
 気にしたことがなかった。
「会社は関係ないよ。普通に仕事」
「あ、そうだよな。悪い。ほら、マコトがさ、おねえさんは都民だから休みだよって言うからさ」
「小学生は休みだろうねー」
 私は彼の甥っ子の顔を思い出して、苦笑する。
「しばらく来てないからマコトが会いたがってたぞ。……あ、もちろん俺も」
 電話のせいか、彼の言葉は最後の方が毎回よく聞き取れない。
「じゃ、体育の日に行くからって、マコト君に伝えておいてよ」
 そろそろオムライスも食べたいし。




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「県民の日」の続編。
2019.10.01 09:07(Tue)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

県民の日

 波の音をベースに懐かしい歌を口ずさみながら、防波堤を歩く。忘れてしまった英語の歌詞を適当にごまかしたら、メロディもわからなくなった。
 謎の虫を踏まないようにして、大きくひらけた海に向かって仁王立ちする。
 白波の打つ水面は、緑がかった淡い青。少し霞んで見える水平線。薄曇りの空。潮の匂い。湿った風。
 対する私は、八センチヒールのパンプス。きっちりとプレスのかかったパンツスーツ。ノートパソコンが入ったトートバッグ。
 ――だいぶ場違いだ。
 電車でうっかり居眠りしてしまい気づいたら終点だったのだ。
「海なんて来るつもりなかったのに」
「じゃあどこに行くつもりだったの?」
 答えが返ってくるとは思わず、私は驚く。振り返ると男子小学生だった。防波堤の下から、私を見上げている。
「会社」
「ああ、そっか。金曜日だもんね」
 そっけない私の返事を気にせず、少年はうなずく。
「それより、そっちは? 学校じゃないの?」
「県民の日」
「何それ。休みなの?」
「知らないの?」
「知らなーい!」
 ふんっと顎を上げると、少年は「変なおとな」とつぶやいた。
「ねえ、暇?」
「すっごく忙しい」
「嘘だー」
 防波堤の上を歩き出すと、少年も付いてきた。
「ねえねえ、お腹すかない? おすすめの喫茶店があるんだけど」
「たかりかよ」
「オムライスがおいしいんだよ」
 その言葉に私は立ち止まる。そういえばもう何年も食べていない。
「ねえってば! 聞いてる? おばさん!」
「おねえさんって呼びなさい」
「え? おねえさん?」
 疑問形ってどうなの。

 少年のおすすめの喫茶店はさほど遠くなかった。数台停めたらいっぱいになる狭い駐車場。その奥に建つ洋館風の店は、年季が入った落ち着いた風情だった。窓下の花壇に植えられた紫陽花が薄桃に色づいている。すりガラスのはめ込まれた扉には「CLOSE」の札がかかり、窓から見える店内は暗い。
「休みなんじゃない?」
「大丈夫大丈夫」
 少年はにっこりと笑うと、ドンドンと扉を叩く。
「おじさーん! 開けてー!」
「ちょっ、ドア壊れるって」
 私が慌てて少年を止めるのと、扉が開くのは同時だった。
「遊び場じゃねぇって言ってんだろ。帰れ!」
「ほら、お客さん! 連れてきたから! 僕も入っていいでしょ?」
 少年は私の背中を押す。扉を開けた男は私を見て「あ!」と叫んだ。もちろん私もだ。
「何しに来た! まさか俺を探して……?」
 男が驚いて飛び退いたすきに、少年は店内に入った。
「何言ってんの? オムライス食べに来たに決まってるじゃん」
 少年は私の代わりに答えて、さっさとカウンターに座る。
「おばさ、じゃなくておねえさんは、会社に行くつもりだったのに海に来ちゃったんだって。暇そうだから、誘ってあげた」
 私がうろんな目で見上げると、男は「姉の子ども」と端的に説明した。大きく扉を開けて私を促す。ここで帰るのもおかしいと思い、私は素直に従った。
 男がカウンターの奥に入ると、店内の灯りが点った。趣味が変わっていないのか、わざと選んだのかわからないけれど、あのころよく聞いていた曲が流れてきた。
 私はうろうろと店の中を見て回る。テーブルや椅子も年代物だ。実家を継いだのかなと考えて、実家が喫茶店だったのかどうかも知らないと気づく。甥はおろか姉がいたことすら初めて知った。
 普段着の上にエプロンを付けた男は、奥から出てくると、少年とその隣の席に水を置いた。
「そういや、今日は金曜じゃねぇかよ。おまえ、学校サボったのか?」
「今日は休み」
「県民の日だって。知らないの?」
 私は少年の隣に座り、二人の会話に割って入る。
「ああ、そんなのあったなー」
 男は納得してから、こちらを見た。
「おまえ、県民になったのか?」
「ううん、都民だけど?」
「俺は県民なんだ」
「うん、そうだろうね」
「ああ、そうなんだよ……」
「ん?」
「あのさ……おまえ、県民になりに来たわけじゃねぇよな?」
「え? 引っ越すつもりなんてないよ」
「いや、そうじゃなくて……ああ、いや、そうだよな……」
「ん?」
「ねえ! おじさんとおねえさんは知り合い?」
 そこで唐突に少年が疑問を挟んだ。
「うん、昔の……えっと……」
「友だち?」
 言いよどむ私に、少年は無邪気に首を傾げた。
「そう、友だち。久しぶりに会った」
「何か月ぶり?」
「えー、何か月って言われても」
 子どもにとっては数か月でも久しぶりなのか。
「何年ぶりだっけ?」
「二十九か月ぶり」
 男に聞くと、平然と返された。
「オムライスでいいのか」
「うん」
「僕のおすすめ」
 自慢げに胸を張る少年に目を細めて、男に向き直る。私のおすすめでもある。
「二十九か月ぶりのオムライスだよ」


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2018/05/18
テキレボ7のWebアンソロジー「海」への投稿作
2019.10.01 08:53(Tue)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

アイコン博物館

「まずはこちらがフロッピーディスクです。保存のアイコンで有名ですね」
「あ、上のあれってラベルシールだったんですね」
「はい、そうなんです。ちなみにこちらがMOディスクです」
「分厚い!」
「続いてこちらは、写真のアイコンでおなじみのカメラです」
「上のでっぱりって何なんですか?」
「ストロボです。あれは出し入れできるんですよ」
「すごい!」
「そしてこちらも写真のアイコンでよく登場する月と山並みです。風景写真のイメージですね」
「わぁ、こんなに大きいんですか?」
「中に入っていただいても大丈夫ですよ。ただし、月には触らないでくださいね」
2019.09.19 21:06(Thu)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

私の鱗

 左頬にできた吹き出物は、つぶれ方が悪かったのか、かさぶたを経てシミになってしまった。
 鏡で確認すると、小指の先ほどの皮膚が茶色く変色している。
 ある日、ふと触れたらするりと滑らかな感触がした。首を傾げつつ、もう一度指先でなぞる。少し硬くて、つるつるしている。
 またかさぶたになったのだろうかと鏡を見たけれど、普通のシミだった。触って確かめても普通の皮膚だ。
 そのときは気のせいかなと思った。しかし、それが何度も起こった。
 鏡で見てもシミなのに、無意識に触れたときだけ、硬くて滑らかな……何だろう? 周囲の皮膚より少し盛り上がっている。感触は爪に似ている。でもこれはきっと鱗だ。
 私の鱗。
 そう考えると愛着が湧いてきた。
 鱗になる頻度はだんだん高くなっている。魚かトカゲか、私は何になるのだろう。



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2019/06/30
テキレボ9のWebアンソロジー「imagine」への投稿作
2019.08.26 22:01(Mon)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

分解

 家に帰るなり、言葉にならないことを叫んで、カバンを投げた。ゴムを引き抜いて髪を解くと、ピアスを外すのが面倒になって耳ごと外す。そうしたらヤケクソになって、右腕を引っ張り、両足を蹴り飛ばして、左腕はドアに引っ掛けて、自分で自分をバラバラにした。床に転がると、天井が高い。小さな人形に戻ったのだ。思わず、ほっと息が漏れた。そのとき、最後までここにあった何かが、すぅっと私から離れたのがわかった。
2019.08.25 22:01(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |
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