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オレンジ宇宙制作室(創作文章ブログ)

屁理屈屋

「遅刻の言い訳、ありますか?」
「お仕事ですか? プライベートですか?」
「友人との待ち合わせです。けっこう頻繁に会うので、もうストックがなくて」
「そうですねー、こちらなんてどうです?」
「あ! この生産者さん、前にも買ったことあります! あのときはとても助かりました! これにします!」
「ありがとうございます。お包みしますか?」
「いえ、大丈夫です。すぐ使うので」
「ああ、遅刻真っ最中なのですね。ご健闘をお祈りします」
2019.07.20 10:05(Sat)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

渋谷の塔とオムライス

「渋谷に塔が建ったんだって! 一晩で、突然!」
「へー、何のプロモーション?」
 私の興奮に反して、義理の息子の博己はスマホから顔もあげないまま聞いた。
「宣伝じゃないみたい。誰がどうやって何のために建てたか、全然わからないって」
 日曜の朝の情報番組はどこもその話題で持ちきりだった。直径は三メートル、高さは十メートルほど。白い金属らしき光沢のある円筒形の塔が、渋谷の駅前の商業ビルの屋上に立っている。向かいのビルから撮影した映像は、タバコを立てたように見えた。
 どういうわけか、私にはその塔が懐かしく思えた。実際にこの目で見てみたい。
「渋谷まで、見に行かない?」
 そう誘うと、やっとこちらを見た博己は、顔をしかめる。
「えー、何で? どうせ混んでるだけだろ」
「なんだか懐かしい気がするの」
「あれが?」
 博己は怪訝な顔でテレビを指差す。自分でも理由がわからないのだ。曖昧にうなずいて、私は続ける。
「ほら、博己と一緒に出かけることもこれからは年に一度あるかないかでしょ。せっかくだから、いいじゃない」
「うーん」
「渋谷のオムライスの有名なお店! あそこでお昼奢るから! ね?」
「オムライスなら、俺、美紀さんが作ったのが一番好きだけど」
 初めて引き合わされたときにはもう中学生だったせいか、博己は私のことを母とは呼ばない。親子になって五年、夫が死別して二人きりになってから三年。大学進学のために、春から息子はこの家を出て行く。私が落ち着かないのはそのせいだろうか。
 なだめすかして、最後には半ば泣き落とし、私は博己を連れ出すことに成功した。

 やっと免許が取れた。思い立ってから三年もかかってしまった。何度も試験に落ち、教習所の教官にも匙を投げられる寸前だった。そこまでして免許が必要かと問われると、首を振るしかない。ただ、どうしても二十一世紀のオムライスが食べてみたかったのだ。
 もちろん現代にもオムライスはある。しかし、二十一世紀のものとは天と地らしい。その中でも、渋谷にある専門店がおいしいと評判だった。無類のオムライス好きの僕としては、ぜひとも食べてみたい品だった。
 免許が交付された翌日、さっそく僕は出かけた。指定された駐車場にタイムマシンをとめ、二十一世紀の渋谷に降り立つ。目当ての店はすぐに見つかり、僕はオムライスを堪能した。幸せな気持ちで街を散策して戻ろうとしたけれど、人が集まっていて駐車したビルに近づけない。何かイベントでもあるのだろうかと辺りを見回すと、隣にいた男女の話が耳に入った。
「通行止めだって」
「もっと近くで見れないの?」
 前方を見る若者と、女性の方は歳の離れた姉か若い母親かといった年齢差だ。
「無理だろ、これじゃ。だから言ったのに」
「謎の塔、見たかったんだけれど」
「な、謎の塔?!」
 僕は思わず大声を上げてしまう。それは僕のタイムマシンのことではないのか?
 驚いて振り返った二人に、息せき切って尋ねる。
「すみませんっ! この先、何かあったんですか?」
「ええ、ビルの屋上に突然塔が現れたんですって」
 女性が答える。彼女は僕の顔を見ると、首を傾げ、何度か瞬きした。
「どんな塔なんですか?」
 そう聞きながら、僕も不思議に思った。彼女の顔に見覚えがある。もっと近くで見たくて距離を詰める。
「白い塔なんですけど、そんなことより……どこかでお会いしたことないですか?」
 こちらを見上げる彼女の手を取る。その感触も懐かしい気がする。引き寄せると、彼女はされるがままに僕の腕の中に収まった。
「あの……」
「……あなたは……」
 見つめ合う僕らの間に、無粋な笛の音が響いた。現れたのは時間旅行組合の取締官だった。
「花田さんですか? あなた、駐車したマシンに透過カバーをかけ忘れましたね?」
「あっ!」
「重大違反ですから、まずは強制送還です」
「え、今?」
「当然です」
 無情な取締官は、僕の腕を掴むと手元のコントローラーを操作する。まずい。すぐに三十世紀に連れ戻されてしまう。やっと彼女に会えたのに! はっとして、僕は彼女を――美紀を抱き締める。美紀も目を見開いて僕を見た。彼女も思い出したのだ。
「一緒に帰ろう。もう一度、二人で暮らそう!」
「ええ! 今度はうまくやれそうよ」
 僕らの様子には構わず、取締官は言った。
「言っておきますけど、戻ったら、花田さんは免許取り消しと罰金ですからね」

 人でごった返す渋谷に置いてけぼりになった俺は、スマホに見せかけた時空通信機を取り出すと、三十世紀の会社に電話をかけた。
「お疲れ様です。博己です。今、終わりました」
 裏通りに入ると擬態をといて、本来の姿に戻る。ずっと少年を演じていたため、自分の口調に違和感がある。
「花田さん、取締官に連行されちゃったんで、フォローお願いします。美紀さんの長期滞在申請はうちの社からなので、連絡行くと思いますが」
 花田夫妻の『離婚危機乗り越え別居プラン』の契約書を確認する。オプションには『相手のことを忘れて違う人生を生きたい』『できるだけ遠くで暮らしたい』『劇的な再出発がしたい』とチェックが入っている。
「いくらなんでも、三年って時間かかりすぎじゃないですか?」
「悪いな。花田さんがなかなか免許取れなくて」
 電話の向こうの上司は苦笑する。俺はため息を零す。
 花田氏に会ったあとの美紀さんは、俺のことなどすっかり忘れていた。何度確かめても、契約書の『場合によっては離婚もあり』オプションにはチェックが入っていない。
「お前にもボーナス出るから、それで勘弁してくれ。一週間有給出すから、そのままそっちを観光してきてもいいぞ。それじゃ、お疲れ」
 労う口調が軽い上司との電話を切ると、俺は、美紀さんと一緒に食べる予定だったオムライスの店に足を向ける。でも本当は、美紀さんの作ったオムライスが食べたい。一緒に暮らした三年間はとても楽しかった。
 天を仰ぐと、時間旅行組合の事故処理班がマシンの回収と記憶操作にやってくるのが見えた。
 花田氏なんて違反の罰金とプラン延長料金で破産してしまえばいいのに。



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2016年作
2019.07.15 12:31(Mon)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

おいしいライブラリ

「このミートソース、缶詰なの?」
「いいですか。市販のソースやタレや素は、UIライブラリです。あなたは毎回datepickerを自作しますか? しませんよね。おいしいライブラリがあるのに私がミートソースを自作する工数は必要でしょうか?」
「……えーっと、そしたら、この漬物は?」
「母に外注しました」
2019.06.27 13:18(Thu)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

方角

 トランクに荷物を入れてもらい、乗り込むと早速聞かれた。
「どちらまで?」
「明日ってわかります?」
「うーん、ちょっと待ってくださいねー」
 カーナビを操作してから、運転手は同じ調子で「うーん、出てきませんねー」と首を傾げた。
「だいたいの方面はわかりますか?」
「あ、はい。じゃ明後日の方に」
 タクシーは走り始める。
「大きな荷物でしたけど、ご旅行で?」
「ええ、まあ」
「どちらから?」
「おとといから来ました」
 雑談に応じながら私は考える。
 明日はどっちだったっけ?
2019.06.11 08:25(Tue)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

私の設定

 左手首の内側にある三点リーダのようなほくろを押すと、設定画面が開いて、私の名前や性別を変更できます。再設定には少し時間がかかりますので、余裕がないときや空腹時は避けてください。
2019.06.01 17:47(Sat)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

非双方向コミュニケーションの顛末 ― (7)芍薬

 朝起きて明かりを点けた彼女は何度か瞬きをした。首を傾げて天井を見る。
「なんか暗い? 蛍光灯切れるのかな?」
『それ、僕のせいだ。ごめん』
 彼女は「まだ点いてるし、このままでいっか」と、身支度を始める。
 いつもなら着替えを見ないように洗面所に移動したりするけれど、今日の僕は定位置から動けない。俯いたのは彼女に気を使ったためだけではない。自然とそうなってしまうのだ。全身が重い。気分が悪い。
 僕がそんなだから、部屋が暗く見えるのだろう。
 彼女が出かけてからも、僕は棚に腰掛けて一日過ごした。生きていたときの思い出を繰り返し再生した。死んだ瞬間も何度も何度も何度も――。
「ただいまー」
 彼女の声に、唐突に視界が晴れた。
「って、誰もいないけどね」
 少し照れたように自らつっこみ、彼女は明かりを点け、ベッドにカバンを投げた。
 彼女の一挙手一投足に部屋に巣食っていたもやが弾き飛ばされていく。室温が上がる。
 鼻歌を歌いながら洗面所から出てきた彼女は、僕が座る棚の前にやってきた。
『うわっ!』
 僕のことが見えていない彼女は平気で僕の体に手を伸ばす。彼女の腕が腹を突き抜ける寸前に、僕は棚から飛び退いた。
『あ、動ける』
 あんなに重かったのに常態に戻っている。たぶん彼女のおかげだ。
 僕の視線に気づかずに、彼女は花瓶を置いた。ガラスの細い花瓶には一輪だけ挿してあった。ころんと丸く大きなピンクの蕾。
『何の花? 薔薇じゃないよね?』
 僕の疑問に彼女が答えてくれるわけもなく、僕はその花の名前を何年も知らないままだった。
 好きな花なんだろう。彼女は毎年飾った。
 それが僕の命日と被るのは二年に一度くらいだった。だからきっと偶然だ。
2019.05.26 17:32(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

納期は一緒

 ドアを開けると案件B。
「来ちゃった」
 案件Bの背後から現れる案件C。
「私も来ちゃった」
 部屋の中から「早くー!」と案件Aが急かす。
 途方に暮れる僕。
2019.05.21 08:55(Tue)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

非双方向コミュニケーションの顛末 ― (6)絡まる

「痛っ!」
 朝、起き上がろうとした彼女が小さく悲鳴を上げた。
 後頭部を押さえているから、僕は心配になって彼女の背後に回り込んだ。
 彼女の手元を覗きこむと、髪に湿布が貼りついている。昨夜、首すじに湿布を貼っているのを見た。寝ている間に剥がれてしまったのだろう。くしゃっと丸まった湿布に髪が巻き込まれてしまっている。
 彼女は湿布を引っ張っているけれど、髪も引っ張られてしまい、痛そうだ。
「え、どうなってるの?」
『湿布が丸まってるんだよ』
 教えてあげたいのに、僕の声は届かない。
「痛っ。何これ、全然取れない」
『違うんだよ。引っ張るんじゃなくて、丸まってる湿布を剥がして伸ばさないと』
 うつ伏せになって両手で湿布を引っ張る彼女に、僕はやきもきする。
『ああ、助けてあげられたらいいのに』
 こういう場面では僕はちっとも役に立てない。
 彼女が湿布と格闘していた数分間、僕は隣でハラハラと見守ることしかできず、後でしばらく落ち込んだ。
2019.05.15 00:45(Wed)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

立夏

 一昨年は家が建っていた。
 去年、家は取り壊された。
 今はサーモンピンクのケシが咲いている。
 その全てのシーンで、私は同じ靴を履いている。
2019.05.12 18:27(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

非双方向コミュニケーションの顛末 ― (5)夢

 ベランダで物音がする。がさがさとポリ袋を丸めるような音だ。
 怖い。
 根拠もなくそう思う。
 でも気になる。
 見なければいいとわかっているのに自分の行動がコントロールできない。
 サッシは重く、なかなか開かない。
 その間もずっと音は鳴っている。
 怖い。
 それなのに、なんで私は苦労してベランダに出ようとしているのか。
 ガラス越しに人影が見える。ベランダの隅に座り込んでいるようだ。
 怖い。
 そう思いながら、私の手は止まらない。
 人影が私に気付く。
 こちらを振り向いたようだけれど、シルエットで顔もわからない。ふらりと立ち上がったら、ものすごく背が高い。
 サッシがわずかに開く。
 その隙間から影が私に手を伸ばす。
 怖い。
 そのとき、ドンッと大きな音が響いた。上階で大きなものが落下したような音。部屋が揺れたような気すらした。
 私は驚いて手を引っ込めたけれど、影も怯んだようだった。
 思う通りに体が動かせることに気付いた私は、とっさにサッシを閉めた。あんなに重かったサッシがぴしゃりと閉まる。
 もう一度ドンッと音が響く。
 勢いよく目を開けると暗かった。

 明るくなってからベランダに出る。当たり前だけれど何もなかった。
 身を乗り出して下を見ると、駐輪場の屋根にポリ袋が引っかかっているのが見えた。
 追いかけられたり、何かが侵入してくる夢はよく見るけれど、自分以外の力が助けになったのは初めてだったなと思う。
 現実のサッシは、いたって軽やかに動く。
 何の音だったんだろう。
 私は天井を見上げて首を傾げた。
2019.05.12 14:40(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |
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