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オレンジ宇宙制作室(創作文章ブログ)

彼女は鳥かごの中 - 奥付

目次(表紙)



※2016年1月〜3月に書いたものですが、長いので、一番最後にくるように、投稿日を1996年にしています。

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第8回 野性時代フロンティア文学賞に投稿して一次選考で落選した作品です。



この記事の、(投稿順で)一つ前の記事は最終章です。
目次(表紙)からどうぞ。


通販はこちら。
「彼女は鳥かごの中」

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カクヨムではこちら。
「彼女は鳥かごの中」
1996.12.13 22:30(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |

彼女は鳥かごの中 - 番外編 そして青

※後日談にあたるので、ネタバレが気になる方は本編と番外編「緑、黄、赤」からどうぞ。
目次(表紙)

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「そして青」

 将来の夢は、と聞かれたとき、幼いころのルウコは「お父様のような政治家になりたい」と答えていた。
 生意気で無邪気な少女の言葉に、周りの大人は好意的だった。「さすが、トワダ知事のお嬢さんだ」などと言われるのが本当に誇らしかった。
 SOFを発露する前――もう五年以上前のことだ。

「それじゃ傾いてるじゃない。きちんと真っ直ぐに立ててくれない?」
 きゅうりの苗を植えた畝に支柱を立てる男子学生に、ルウコは容赦なく指示する。相手は一瞬顔をしかめたものの何も言わずに支柱を直した。
 文句があるなら言えばいいのに、とルウコは思う。学校の課外授業で、都市から離れた場所にあるSOF保護施設まで連れて来られ、慣れない農作業をやらされ、あれこれ指図されたら不愉快にもなるだろう。文句を言われても、さぼっているのを見つけたとしても、ルウコは学校に言いつけるつもりはない。それを教えてあげるつもりもなかったけれど。
 学生の課外授業などの見学者を受け入れているSOF保護施設はたくさんある。しかし、施設で暮らすSOFと交流ができるのは、世界でもここだけだった。
 SOFは電子機器を止めてしまう体質、またはその体質の人を指す。その効果の範囲は感情の高まりに比例する。世の中は電子機器だらけで、そこここで止められてしまっては困るから、SOFは保護施設に隔離されていた。体質改善の方法はまだ発見されていない。SOFを発露したら死ぬまで施設で暮らすのだ。
 ルウコは十歳のとき、旅行先の星ディーランサで発露した。眠らせて自宅に近い施設まで移動することもできたけれど、父がそれを許さなかった。そのため、ディーランサの四大都市のうちの一つパールハールの施設に一人取り残された。政治家の娘がSOFを発露したと注目を浴びないように隠してくれたのだろうと姉やマリエに慰められたけれど、本当のところはわからない。体裁が悪いからではないかとルウコは今でも思っている。
 ルウコが保護された三ヶ月後にマリエが保護され、ルウコの生活はもう一度変わった。今ではこの施設は、SOF保護施策とSOF研究における世界の最先端だった。
 今日来ている学生たちは、期間を空けて合計三回訪れるらしい。三ヶ月前に行われた初回は見学で、ルウコは関わらなかった。今日の二回目と次の三回目は、設備保全ボランティア――要するに掃除や草取り――が主だけれど、交流の時間も設けられている。SOFは、鳥かごや調理棟の食堂で待機し、グループごと順番にやってくる学生たちを迎えることになっていた。お茶を飲んだり、ゲームをしたり、何をするかはSOFに任されている。ルウコは農作業を手伝ってもらうことにしていた。
 交流に参加できるSOFは少ない。ルウコ、マリエ、モトヤ、チヅルの四人だけだ。ここ五年の間に保護されたSOFは鳥かごで過ごすことに慣れているけれど、皆ルウコより年下だ。どう影響を与えるか予測できないため、交流の対象から外されていた。それ以前から施設にいるSOFで交流できるほど安定しているのは、鳥かごができた当時に集まっていたメンバーとほとんど変わらなかった。
 ほとんど、というのは、今はハルオがいないからだ。彼は、同じディーランサ星内の都市カドランダの保護施設で、指導員として働いているのだ。マリエはパン職人、チヅルはレース編み作家、モトヤも施設に隣接するミツバのホテルで働いている。SOFが自分で金銭を稼いでいる施設も、世界でここだけだった。
 このままいけば、ルウコも今年中にSOF保護条例で決められた教育課程を修了できる。ルウコは農園の世話を続けたくて、勉強のために週に一度ホテルの農作業を手伝わせてもらっていた。
 一人、手慣れた様子の男子学生がいて、ルウコは気になり、声をかけた。
「慣れてるのね」
 驚いた顔で振り返った彼は、「そうですね」と敬語で答えた。飛び級や留年をしていなければ、ルウコより二つ年上のはずだ。
「普通にしゃべっていいわよ」
 そう言ってから、頭二つ分は背の高い彼を見上げる。ルウコが名乗ると、相手はナオキ・イソガワと名乗った。
「どこかで習ったの? おうちのお仕事? いえ、ディーランサは機械式農業が主流よね。それなら、家庭菜園かしら?」
「昔、家で農場を経営してたんだ。俺はエークヴェーズ星の出身だから」
「ああ、移住してきたのね」
 ルウコはディーランサの隣の星群に属するガーベルンドラー星の出身だ。エークヴェーズはガーベルンドラーと同じ星群だからよく知っている。六年前に火山の影響で人が住めなくなったのだ。
「え? エークヴェーズを知ってるのか?」
 ナオキは目を丸くする。
「もちろん知ってるわよ」
 ガーベルンドラーの知事の娘として相応しくあらねばと思っていたルウコは、幼いころからニュース番組を欠かさず視聴していた。
「そういえば、エークヴェーズはドームが必要ない星だったわね。宇宙から直接届く光で野菜を育てていたのね……」
「そうなんだ!」
 ナオキはうれしそうにうなずいた。
 ガーベルンドラーもドーム式だから、ルウコには想像もつかない。遮るものが何もなく、そのまま宇宙に繋がっているなんて、どんな感じなのだろう。SOFセンサーの入った天井やガーディアンが必ず頭上にある今となっては、夢のまた夢だ。
「宇宙まで何もないんでしょう?」
「何もないわけではないよ。恒星が巡り、雲が浮かんで、雨が降るんだ」
 思い出すように、ナオキは顔を上向け、目を閉じた。
「空はいつも違う色をしてたよ」
 ルウコも彼に倣って上を見た。視界に入るのは、鳥かごの二重の檻。そして、ドームの白い天井。
「もう見れないけどさ」
 肩をすくめて自嘲するナオキに、ルウコは首を傾げた。
「第三アマフレガ星を知ってる? エークヴェーズと環境が似ているの」
「ええっ、どこの星なんだ?」
「C六星域よ」
 農業が盛んで、農産物の市場の中心でもある。この星で開かれた農産物の取引に関する国際会議に父が出席したことがあり、ルウコは覚えていた。
「そんなの、ものすっごく遠いじゃないか」
 ナオキががっくりと肩を落とす気持ちがわからない。
「農畜産学の大学があるから目指してみたら?」
「簡単に行けるわけないだろう」
 ルウコは顎を上げて、ナオキを睨むと、
「あたしより、あなたの方がよほど簡単でしょう?」
 それだけ言ってくるりと背を向けた。

***

 どうしてあたしが?
 SOFを発露してから、ルウコは何度も考えた。
 答えは出ない問いだ。
 そして、どんな答えが返ってきたとしても、到底納得できる気はしなかった。

 二ヶ月前にパールハールにやってきたベルタは、なんとなく姉に似ていた。
 怒ったり泣き叫んだり、大声で笑ったりすることもなく、いつもひっそりと穏やかに微笑んでいた姉エリー。自分が知る限り両親に逆らうようなことは一度もなかったエリーは、ルウコが施設に保護されたのをきっかけに、父の反対を押し切って、星内の保護施設を統括するディーランサのSOF保護センターで働いていた。
 ベルタが個室から出歩けるようになってから、彼女とはよく鳥かごで顔を合わせる。年が近いせいもあり、一緒に農園の手入れをしたり、お茶を飲んだりする機会が多かった。今日も鳥かごで二人でお茶を飲んでいた。
 ベルタは遠くの星の保護施設から移転してきたらしい。施設を移転したなんて話は聞いたことがなかったからルウコは驚いた。遠距離の移動はSOFでなくても高額な料金がかかることを考えると、ベルタの家は裕福なのだろう。そう思ってさりげなく聞いたけれど、彼女は心当たりがないようだった。
「ママの両親の話は聞いたことがなくて、だから、もしかしたら……」
 ベルタが考え込むようにしたから、ルウコは慌てて首を振った。
「別にいいのよ。あたしの家と似ているのかなってちょっと思っただけだから」
 ベルタが母親の話をするときは少し心配になる。彼女が感情を揺らす原因のほとんどが母親なんじゃないだろうか。
 ルウコの心を知ってか知らずか、ベルタは、
「おとといね、ママと面会したの」
「また?」
 過去二回とも眠らされたと聞いていたから、咎める口調になってしまった。
「うん。そう」
 ベルタは微笑んだ。
「でも、もう会わない」
 ほっとしつつも意外に思って、ルウコは聞いた。
「何かあったの?」
 ベルタは考えるように視線を落とす。
「私がSOFなのには意味があるんだって」
「え?」
「ママがそう言うの」
 こちらを見たベルタの目は潤んでいた。ルウコは彼女の手を握る。ここが鳥かごで良かったと思う。
「神様に選ばれて、試練を与えられたんだって。SOFだからできることがあるはずだって」
「SOFだからできること……?」
「ママが私のためを思ってくれているのはわかるんだけど、でも、違うの。私、選ばれたって言われても全然うれしくない」
 ベルタはルウコの手を握り返した。
「だから、もう会わないことにしたの」
「そうね。その方がいいと思うわ」
 ルウコは大きくうなずいた。
 ベルタには響かなかった彼女の母の言葉は、ルウコの心を波立たせた。
 自分がSOFであることに意味があるとしたら?

***

 マリエの流産はトウドウから知らされた。
 妊娠を祝ってから十日も経っていない。ルウコは知らなかったけれど、妊娠初期の流産は珍しいことではないそうだ。
「安定するまで完全に秘密にしておくべきだったわ。考えが及ばなくて、マリエに申し訳ないわ」
 外部に漏れることはなかったけれど、保護施設内でマリエに関わりのある人は皆知っていた。その全員に悲しい報告をして回ることを想像したら、心が痛む。
 鳥かごで会ったマリエは、ルウコを抱きしめた。
「ごめんね」
「何言ってるの! マリエが謝ることなんて一つもないじゃない!」
 ルウコはうろたえて大きな声を出してしまった。
 マリエをぎゅっと抱き返す。出会ったころよりもずいぶん成長して、ルウコはもうマリエとそれほど身長が違わない。
「マリエが成功したらあたしたちも自由になれるって、昔言ったの覚えてる?」
 ルウコがそっと切り出すと、マリエは身体を離した。真っ直ぐにルウコを見つめ、うなずく。
「覚えてる」
 そうだろうと思っていた。
「それ、もう忘れていいわよ」
 ルウコはにっこりと笑う。
「マリエのおかげでいろいろなことが自由にできるようになったわ。ありがとう」
「うん」
「でもね、まだまだ足りないのよ。やっぱりマリエだけじゃだめね。だから、あたしも自分で成功して、もっと自由を得ることにしたの」
 できるだけ高飛車に言い放つと、マリエはもう一度ルウコを抱きしめた。
「さすがルウコね」

***

 ディーランサでサミットが開かれ、父が出席する。しかも、パールハールの保護施設に視察にやってくる。
 ルウコにその情報をもたらした姉のエリーは、顔を曇らせた。
「わたくしも、SOF保護センター経由で知ったの。お父様に連絡してみたけれど、あなたと会うつもりはないそうよ」
「そう……」
 ルウコは少し考えたあと、エリーにお願いをした。
「お姉様が昔着ていたような服を用意してほしいの」
 エリーは目を瞬かせる。
「お父様に会うの?」
「他の人がいる前で娘を邪険にはできないわよね」
 ルウコが言うと、エリーは、ふふふっと小さく笑った。
「どういう服かしら? パーティードレス? それとも、カジュアルなワンピース?」
「政治家の娘が弁論大会で発表するときのような服よ」
「勝負服ね」
「ええ、そうなの」
 年の離れた姉妹は友だちのように笑い合った。
 エリーが手配してくれたのはマリエの叔母が経営するオートクチュールのメゾンだった。チヅルのレースの卸先でもある。そのため、できあがったツーピースは、襟にチヅルのレースが使われていた。ルウコのために編んでくれたのだろう。SOF保護運動のシンボルマークに似た小鳥が描かれている。腰を絞ったきっちりとしたジャケットにひざ下丈のスカート。明るいスカイブルーが眩しい。ルウコの勝負服だった。

 ルウコは鳥かごで視察団を迎えた。SOFはルウコ一人だ。少し後ろでトウドウとヨシカワが見守ってくれていた。
 こういうとき、今まではマリエが応対していた。視察や取材に来る側も大半はマリエが目的だった。それをルウコは変えたいと思っていた。
 保護施設の広報係が先導して、視察団が近付いてくる。政治家が十数人、SPと秘書、手書きでメモを取る記者、アナログ式のカメラを構えるカメラマン。かなりの大所帯だった。そして、離れたところからビデオ撮影もしている。
 一団の中に父の顔を見付け、ルウコは笑顔を向ける。父は一瞬驚き、それから眉間に皺を寄せた。その渋面が懐かしい。
「彼女がマリエ・ミツバさん?」
 政治家の一人が広報係に尋ねる。事情を知っている彼は首を振って、ルウコを紹介した。
「ルウコ・トワダさんです」
 施設ではずっと母の旧姓であるハカマダを名乗らされていた。保護されてから初めてトワダと名乗る。
「本日、皆様をご案内いたしますルウコ・トワダです。よろしくお願いいたします」
 同じ姓だからか、父に視線を向ける人が何人かいた。それを受けて、ルウコはうなずく。
「ガーベルンドラーの知事、マキオ・トワダの次女です。五年前に旅行先のディーランサでSOFを発露して以来、この施設で暮らしています」
 一気にざわつく周囲をよそに、ルウコはめいっぱいの笑顔で父を見た。
「お久しぶりです。お父様」
 父から何か言われる前に、ルウコは先手を打つ。
「わたくしが変に注目されないように隠してくださって、ありがとうございます。お父様のおかげで、平穏な日々を過ごすことができました。わたくし、近いうちに、教育課程を修了するんです。これからは、施設の一員として役に立ちたいと思っています」
 それから、視察団の面々を見渡す。
「その第一歩に、今日、各星からいらっしゃったお客さまをご案内する役目をいただきました。初めてなので拙い部分もあると思いますが、精一杯がんばります。どうぞよろしくお願いいたします」
 お辞儀をすると拍手が起こった。同時に、父に視線が集まる。
 意外なことに父の顔には苦笑が浮かんでいた。大股でルウコの前まで来ると、右手を差し出す。ぽかんとしてしまったのはルウコの方だった。動かないルウコの右手を掴んで握手をさせると、父はルウコにしか聞こえないほどの声で言った。
「そういえば、お前は政治家になりたいと言っていたな」
「覚えていてくださったの?」
「ああ。……そうだな、お前は向いていると思う」
「え?」
「政治家としては、私も応援しよう。ほら、笑いなさい」
 父はカメラの方に笑顔を向ける。ニュースメディア経由でよく見た政治家の顔だ。
 ルウコも父と同じ方を向いた。今の笑顔は、五年前に家族に見せていたのとは違う笑顔だろう。
 その日の夜には、ガーベルンドラーの知事の娘がSOFだったというニュースが世界を駆け巡った。

***

 父と再会してから一月が経ち、ルウコは広報担当に徐々になりつつあった。ルウコを指名する取材もいくつか受けた。
 自分がSOFに生まれた意味を最近はよく考える。
 運命でも使命でもいい。理由があって欲しいと思っている。
 SOFとしてできること、SOFでなければできないことが、本当にあるのだろうか。
 納得できる答えが見つかりそうな気がしている分だけ、「どうしてあたしが?」と考えるよりは建設的かもしれない。

 課外授業の三回目。ニュースのせいか、農園の手伝いを希望する学生は前回よりも増えていた。
 一組が去って次のグループが来るまで、少し休憩しようとベンチに向かう。鳥かごの中央通路では、モトヤが自転車の講習会をしていた。見るともなく見ながらお茶を飲んでいると、男子学生が三人近付いてきた。そのうちの一人は、エークヴェーズ星から移住してきたというナオキ・イソガワだった。他の二人も、前回農園を手伝ってくれた学生だろう。なんとなく見覚えがあった。
「こんにちは」
「あんた、政治家の娘なんだってな」
 ルウコの挨拶を無視して、一人が言う。
「ええ、そうよ」
「だからそんなに偉そうなんだな」
「かわいそうだと思ってたから、文句言わずに従ってやってたんだぞ」
「それが、金持ちのお嬢様じゃねぇかよ」
「騙されたよな」
 ナオキ以外の二人が口々に言う。
 ルウコはおかしくなってくすくす笑った。偉そうだとか、お嬢様だとか、保護される前にはよく言われた。ここにきてまた言われることになるとは思ってもみなかった。
「何笑ってんだよ」
 そんなことをわざわざ言いに来たのかと思うとおかしくて、なんて答えたらイメージダウンになるだろうか。
「いいえ。何でもないわ」
 彼らは笑い続けるルウコを不審げに見て、さらに何か言おうとする。そこで、自転車を引いてモトヤがやってきた。
「どうした?」
 ルウコと学生たちを見比べる。ルウコが「交流していただけよ」と答えると、彼らは「行こうぜ」と踵を返した。
「さようなら」
 ずっと黙ったままだったナオキに向かって、ルウコは手を振った。ナオキは後ずさりかけてから、意を決したようにもう一度ルウコに近付いた。
「あの、俺、第三アマフレガ星の大学を目指すことにしたんだ。奨学金がもらえるかもしれなくて……」
「そうなの? 良かったじゃない。がんばってね」
 ルウコは立ち上がって、励ますつもりでナオキの腕を叩いた。彼は少し照れて、
「お礼だけ言いたくて。ありがとう」
 身を翻して走って行ってしまった。先ほどの二人に合流して、何か話しながら鳥かごの出口に向かっていく。ルウコは彼らが視界から消えるまでそのまま見送っていた。
「いいわね……うらやましい……」
 思わず零れる。
「座れば?」
 ベンチに座ったモトヤがルウコの手を引く。されるままに腰を下ろすと、ティーセットにあったふきんを手に押し付けられた。
「せめてハンカチにしなさいよ。それに、泣いてないわ」
 ふきんを突き返すと、手が震えないように最大限の注意を払って、優雅にティーカップを手に取る。
「測定室で通信講座を見せてもらえば、学位は取れるだろ?」
「そうじゃないのよ」
「ああ、第三アマフレガってドーム式じゃないんだっけか?」
 モトヤは首を傾げて、
「お前なら行けるんじゃねぇ? 寝てれば宇宙船にだって乗れるんだし」
「まあそうだけど」
 モトヤは両手を掲げて大きく伸びをした。
「行けよ。もっと自由になるんだろ?」
「そうよ、もっと自由になるのよ」
 ルウコは自らに言い聞かせ、目を閉じる。
 空の色を想像する。
 瞼の裏に思い浮かんだのは、あのときのツーピースのスカイブルーだった。


終わり



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2017/7/3-7 執筆
※文庫未収録
1996.12.13 22:21(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |

彼女は鳥かごの中 - 番外編 緑、黄、赤

※後日談にあたるので、ネタバレが気になる方は本編からどうぞ。
目次(表紙)

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「緑、黄、赤」




「あなたがSOFだってことには意味があるのよ。あなたなら乗り越えられるって思ったから神様は試練を与えたんだわ。あなたは選ばれたの」
 熱く語る母のレナーテからベルタは視線を逸らす。
 広い測定室の真ん中にベルタが座る椅子があり、数メートル先に母が座る椅子がある。部屋の床にはライトが埋め込まれた小さなパネルが敷き詰められていて、ベルタとレナーテの間のライトだけが点灯していた。ベルタに近い方から緑、黄、赤の順に色分けされているため、電子機器を止めてしまうSOF体質の影響範囲の目安になる。
「SOFだからこそできることがあるはずよ」
 俯いているベルタには構わず、レナーテは話し続けていた。
 マイナスでもプラスでも感情が大きく動くと、SOFの影響範囲は広がってしまう。母との面会が始まって十分も経っていないのに、すでに緑の列のライトは消えていた。
「あなたならSOFとして何かを成し遂げることができるわ。マリエ・ミツバみたいに」
「マリエ・ミツバ……」
 ベルタが小さな声でつぶやくのに合わせて、黄色の列のライトも消えた。それに気付いたレナーテは慌てて立ち上がる。最初の面会時に全部のライトが消えてからも話し続けて睡眠ガスの巻き添えを食ったから、今回は用心しているのだろう。
「ベルタ」
 名前を呼ばれると、赤い列の一番手前のライトが消えた。
「ママはあなたのことを信じているわ」
 あっというまに床のライトは全て消えてしまい、ベルタは眠らされ、母との面会は終わった。

***

「ゆっくり呼吸してね。吸って……吐いて……吸って……」
 吐いて。
 吸って。
 カウンセラーのトウドウの声に合わせて、ベルタは呼吸を繰り返す。
「何も考えないように」
 吐いて。
 吸って。
「難しかったら数を数えたらいいわ。一から十までを何度も何度も」
 ベルタがうなずくと、トウドウはゆっくりと数を数え始めた。
「いーち」
「にぃ」
 ベルタも声を合わせる。
「さーん」
「しぃ」
「ごぉ」
 ベルタが微笑むと、トウドウは首を振った。
 そう、楽しくなったらダメなのだ。

 ベルタがSOFを発露したのは生まれ育った星ウィブフスだった。一度はそこの保護施設に入ったけれど、レナーテの希望でディーランサのパールハールの施設に移ってきたのだ。ウィブフスからディーランサまでは遠く、銀河間長距離転送を五回繰り返しても二ヶ月かかった。もちろん移動の間ベルタはずっと眠らされていたから、レナーテから聞いた話だ。そもそも施設の移転も事後承諾だった。ウィブフスでは一度も面会できなかったし、まだ不安定だったから動揺させないためにベルタは何も知らされなかった。
 ここパールハールのSOF保護施設は特別だ。SOFの聖女と呼ばれるマリエと、彼女のパートナーであるユート・ミツバのおかげで、新しいSOF保護のテストケースとしていろいろな施策が進められている。
 ライトが埋め込まれた測定室もその一環だった。バレーボールのコートが二つは入りそうな部屋は、感情の強さと影響範囲の広がりをSOF本人がわかりやすく実感できるようになっている。
「本当は鳥かごで面会させてあげたいんだけれど、ベルタのことをよく知るためにもしばらくは測定室で我慢してね」
 最初の面会のときトウドウはそう謝ってくれたけれど、ベルタには鳥かごでレナーテとお茶を飲む想像をするのは難しかった。
 測定室の様子を隣のモニター室から観察していたらしいトウドウは、二度目の面会のときに、レナーテと会いたいか会いたくないかベルタに聞いた。そして、会いたいと答えたのはベルタだった。
 レナーテは、SOFに関する文献をたくさん――ベルタにはわからない学術論文からマリエのインタビューまで――印刷して持って来てくれた。レナーテは昔からベルタのためにいろいろしてくれた。それなのにSOFのせいでほとんど無駄になってしまった。このままでは母をがっかりさせてしまうと思った。でもベルタは今何をしたらいいのかわからない。SOF範囲を広げないためのメソッドは毎日訓練しているのに、最初の面会よりもライトが消える時間が短かった。

***

「ルウコちゃんはいつから鳥かごで面会できるようになったの?」
 鳥かごの中にある農園でイチゴの収穫を手伝いながら、ベルタはルウコに聞いた。彼女はベルタより二つ年上の十五歳で、十歳からここにいるらしい。農園の世話が趣味でいつか仕事にしたいと言っていた通り、ベルタが行くといつもルウコは鳥かごにいた。
「え?」
 ルウコは一瞬首を傾げてから、「ああ」とうなずく。
「今は最初は測定室で面会するのよね」
「今はって、前は違ったの?」
「あたしのときはまだ鳥かごも測定室もなかったもの」
「そうなの?」
「そう。マリエが来てから全部変わったの」
「マリエさん……」
 ベルタはまだマリエと会ったことがなかった。マリエは、昼間は施設の敷地内のパン工房で働いているし、夜は隣接するミツバのドームに帰ってしまう。あまり自由に出歩けないベルタとは会う機会がなかった。トウドウに頼めばマリエに会えるのかもしれない。でも、ベルタはそれを躊躇していた。
「ルウコちゃんは誰と会うの?」
「お姉様よ」
 ルウコの言葉遣いは、ベルタとは違う。ベルタはそれを茶化して、気軽に聞いてしまった。
「お母様とお父様は?」
「一度も来たことがないわ」
 内容のわりに明るい声でルウコは答えた。
「どうして? 遠くに住んでるの?」
 ベルタの父はウィブフスに残ったらしい。最初の面会のときに聞いたけれど、レナーテは話したくなさそうだったから、二度目のときは父のことは話題にしていない。
 自分は事情を抱えているのに、他の人もそうかもしれないと考えていなかったことをベルタは恥ずかしく思った。
「確かにそうだけれど、たとえディーランサに住んでたとしても、お父様はあたしに会いにはこないと思うわ。あたしも会いたくないし」
 きっぱりとルウコが言うから、ベルタは驚いた。
「なんで?」
「お父様に会ったら動揺して一ヶ月くらい寝込んでしまうわ」
 ルウコは冗談めかして笑う。
「お父様が面会に来ても会わないつもりよ」
「え? いいの? パパなのに?」
 ベルタがそう聞くと、ルウコは不思議そうにこちらを見た。
「相手が誰でも、会いたくなかったら会わなくていいのよ。当たり前でしょ」

***

 ベルタがマリエに会えたのは、その数日後だった。
 管理棟に近付かなければ敷地内を自由に歩いていいと許可が下りて、ベルタはさっそくあちこち歩いてみた。そうしたら、偶然、マリエのパン工房に行き当たったのだ。
 正面に金属扉があるだけで窓も見当たらない殺風景な建物は、おいしそうな匂いが漂っていなければパン工房だとは思わなかっただろう。匂いに気付いて、ベルタはすぐに足を止めた。SOF範囲の制御に自信がない自分が近付いて何かあっては大変だ。
 しかし、気になって、ベルタは建物に沿って少し離れたところを歩く。保護施設の敷地はかなり広く、木陰が涼しい林や小さな池もある。パン工房の周囲は芝生が敷かれていたから、離れてもよく見えた。
 裏手に回ったとき、人の話し声が聞こえた。見ると、男女が立ち話をしている。男性が女性を「マリエさん」と呼んだから、ベルタは思わず耳を澄ませた。
「マリエさん、ああいうのは命令していいんですよ」
「でも……」
「僕は最初のころ勝手がわからなかったので、マリエさんのできないことを補佐してました。でも、新人の彼らは違うんですよ。マリエさんができないからやるんじゃなくて、仕事だからやるんです。マリエさんがSOFじゃなくても、あれは彼らの担当なんです。わかりますか?」
「ええ」
「せっかく人を増やしたんですから、マリエさんはマリエさんにしかできないことを優先してくださいね」
「わかったわ。これからは気を付ける」
 マリエは何度かうなずいて、ほんのり笑った。
「ありがとう、ミドー君」
 シロフクロウのガーディアンがマリエの上で旋回している。彼女は、外でも笑えるのだ。
 男性が言ったことがベルタの頭を駆け巡る。
 SOFじゃなくても、マリエにしかできないことがある。
 レナーテの言葉を思い出す前に、ベルタは睡眠ガスで倒れた。SOF範囲が広がりすぎてガーディアンのセンサーにひっかかってしまったのだ。音に気付いたマリエとミドーがベルタを介抱してくれたと、後でトウドウが教えてくれた。

***

 ピンク色の蔓薔薇が咲くゲートをくぐって鳥かごに入ると、ベンチに先客がいるのが見えた。マリエと、医師のヨシカワだ。先日のお礼を言わなくてはと思い、ベルタはベンチに近付く。
「だって、怖いの!」
 マリエが大きな声を上げたため、ベルタは立ち止まった。結果、またしても立ち聞きする形になってしまった。
「生まれてきた子がSOFだったらって考えたら……」
「今のところ遺伝はしないとされているよ」
「でも、子どもを産んだSOFはいないでしょ?」
 ベルタは息を飲む。
「そうだね。君が最初だ」
「まだ産んでないわ」
「産みたくない?」
 ヨシカワは優しく聞いた。
「わからない……」
 マリエは絞り出すような声で答えた。
「僕は医者だし、研究者だから、自分勝手なことを平気で考えてしまうけれど、君には君のことしか頭にない人がいるでしょ?」
「ユートさん?」
「とにかく、彼には話をしよう。君が言いにくいのなら僕から伝える。いいね?」
 マリエがうなずくのが見えた。
 ベルタはゆっくりと後ずさる。少し離れてから回れ右をすると、ゲートの前にトウドウが立っていた。

***

 トウドウに連れられて、ベルタはそのまま測定室にやってきた。彼女はマリエとヨシカワの話の内容を知っているようだった。
「測定室は映像が見れるのよ」
 真ん中の椅子に座らされるのはいつもと変わらないけれど、今日は床のライトは点いていない。照明が落ちると前方の壁をスクリーンにして、映像が映し出された。
「マリエが結婚したころにインタビューを受けたの」
 映像の中のマリエは今よりいくらか幼く見えた。隣に座る男性はユートだろう。にこやかとは程遠い印象だ。背景から鳥かごのベンチだとわかった。
『ご結婚おめでとうございます』
『ありがとうございます』
 画面に映っていないインタビュアーが、二人の出会いやプロポーズの言葉などを聞いていく。レナーテが持って来てくれた記事で読んで知っていることが大半だった。それでも当人たちが話すのを見るのはおもしろくはあったけれど、今これをトウドウが自分に見せようとした意図はわからなかった。
「この後は放映されなかったところよ」
 少し飽きてきたベルタにトウドウが注意を促した。
『マリエさんがSOFなのは、ユートさんと出会うためだったのかもしれませんね』
 インタビュアーは次の質問に移るための簡単なまとめのつもりで言ったのだろう。でも、マリエは即座に否定した。
『いいえ。私がSOFなのはちょっと運が悪かっただけです。大げさな意味なんてどこにもありません。仕方ないから受け入れているんです。歓迎なんて絶対にできません』
 毅然と前を向くマリエのぎゅっと固く握りしめた手を、ユートが大きな手で包み込む。
『マリエがSOFであってもなくても、僕たちは出会っていたと思いますよ。運命を持ち出すなら、そちらの方です』
 ユートがマリエを見る表情は打って変わって穏やかだった。マリエは目を閉じて何度か呼吸をして、ユートの手を握り返したときには微笑んでいた。
 それを見て、ベルタもほっと息をついた。
「マリエは聖女なんかじゃないのよ」
 ベルタの隣で一緒に見ていたトウドウがそう言った。
「あなたと変わらないでしょう?」

***

 三度目の面会はトウドウに反対された。「会って言いたいことがあるんです」と頼むと、トウドウは少し考えてから許可してくれた。
「マリエさんに会ったよ」
 測定室の椅子で向かいあって、レナーテが何か言うより先にベルタはそう報告した。
「本当? 素晴らしい方だったでしょう?」
「ううん、普通の人だった」
 あの後、鳥かごできちんと挨拶して話をすることができた。子どもは産むことにしたそうだ。「不安だけれど皆がいてくれるから」と笑っていた。
「そんなことないわよ。あなたにはわからないのよ。まだ子どもだから」
 ベルタは足元のパネルを見る。消えているのは緑のライトの一列目だけだ。
「マリエさんに弟子入りしたらどう?」
「ママは私にパン職人になってほしいの?」
 いつもは何も言わないベルタが問いかけたことにレナーテは驚いたようだった。
「え? いいえ、別にパン職人じゃなくてもいいのよ」
「マリエさんみたいに有名になってほしいの?」
「有名というのはちょっと違うかもしれないけれど、簡単に言うとそうね。SOFとして皆に必要とされる人になってほしいの」
 緑のライトの二列目が消えた。ベルタは、ゆっくり呼吸をする。心の中で、一から数を数え始めた。
「SOFとして?」
「そうよ。SOFなんだからそれを活かさなきゃ」
 緑のライトが全部消える。
「SOFだからできることがあるはずよ。あなたがSOFだってことには意味があるの」
 吸って。吐いて。数を数える。
「だってそうでもなくちゃ、かわいそうじゃない」
 黄色のライトは一息に消えた。
 顔を上げるとレナーテは涙ぐんでいた。
「誰が?」
「もちろんベルタよ」
 レナーテは真摯にベルタを見つめる。
 ベルタは大きくうなずいた。
「ママ、ありがとう」
 赤いライトは手前から順に消えていく。
「でも、ごめんなさい」
 ベルタは最後に笑った。
「私はもうママには会わない」
 睡眠ガスが降ってくる前にベルタは目を閉じた。


終わり


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2017/5/26-27 執筆
※文庫未収録

1996.12.13 22:20(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |

彼女は鳥かごの中 - 4.新しい鳥かご(3)

 久しぶりに面会に来たユートに連れられて、マリエは保護施設の敷地の奥の方に向かっていた。今日は日曜でパンづくりは休みだ。落葉樹の林を眺めながら、遊歩道を歩く。鳥かごはもうかなり後ろだった。ドームの天井に設置されたライトで、足元にぼんやりとした影ができている。
 四月になって、ドームの気温も春になった。薄手の上着を羽織っただけですごせる。
 ユートと出会った事件が一年前の三月。父と二人で暮らした八年に比べて、ずいぶんいろいろなことがあった一年だった。
 今日のユートはなぜかトラディショナル・スタイルの一式で固めていて、マリエはますます一年前を思い出した。彼の腕に手を載せてエスコートされて歩いている自分が全くの普段着なので、なかなかシュールな光景だろう。マリエは少しおかしくなって、密かに唇だけで笑った。
「どこまで行くんですか?」
「もう着く」
 言われて前方を見遣ると、ドームの壁に大きな扉があった。ドームを複数繋ぐときに使われるものだ。
「あれ、この先にもドームがあるんですか?」
 マリエはこちらまで来たことがなく、知らなかったのだ。
「作ったんだよ」
「え?」
 マリエは思わず「また?」と聞きそうになった。
 ユートはマリエを促して、開いている扉をくぐる。開口部は五メートル四方はあった。頭上を旋回するポチがぶつかることもない。
 接合部の短い通路を通って、繋がった先のドームに出る。広い敷地に建物は何もなく、工事用の機械や資材があちこちに置かれていた。
「できあがっているのは、ドームと空港だけなんだ」
「空港?」
 大きな星だと都市ごとに空港や宇宙港があるそうだけれど、ディーランサにあるのはセントラルの宇宙港だけだった。
「セントラルの宇宙港から空を飛んで一時間だ。パールハールとセントラルはハイウェイで三時間だから、パールハールからここまで四時間ちょっとだな。今まで一日がかりだったから相当短縮できただろう。隠れ里なんだから一日二日かけて行くのもありかと思ったんだが、社内でかなり反対されたよ。まあ俺の移動を考えたら空港は必須だったんだが」
 満足げにユートが言っていることがよく理解できない。
「隠れ里?」
「そう。このドームを宿泊施設にするんだ。新しいホテルだ。森深くの集落というイメージで、木を植える」
 ユートは話しながら、ドームの中に歩き出した。マリエは黙って彼について行く。
「母屋を一軒と、客が泊まるための離れを一軒。客は一日一組だけ。空港のゲートで電子機器を預かり、中には持ち込めないようにする。畑を作って、農作業を体験してもらう。生け簀で釣りもできる。ちょっとした家畜も飼おうと思っている」
 農作業体験の話は、鳥かごの野菜を売りたいと言ったときにユートが提案したことだった。
 大きな自然岩まで歩いてきて、ユートはマリエを岩に座らせた。自分も隣に腰かけ、帽子を取ってステッキと一緒に脇に置くと、ユートは両手を広げてドームの天井を示す。
「鳥かごの大きなものを作ろうと思う。ほとんどドームと同じ大きさで、センサーを設置した枠を立てる。睡眠ガス発射装置を備えた下天井は、目立たないようにミラー素材を使う。森の設定だからそれほど開けた空間はないし、木の枝でうまくごまかせると思うんだ。母屋は平屋にしてその天井に発射装置を仕込む」
「えっと、それは……SOFをこのホテルで雇ってくれるってことですか?」
「ああ、それも考えている。『M&Sクラフツ』の工場と迷ったんだが、SOF保護施設の人たちは外の人間と関わりを持ちたいだろうと考えて、宿泊施設にしたんだ」
「ありがとうございます。皆喜ぶと思います!」
「いや、皆じゃなくてだな……。宿泊施設はついでだ。そういうことにでもしないと、俺がこっちに住む許可を『ミツバ・グループ』が出してくれなかったんだ」
「ユートさんが住む……?」
 ユートは眉間に皺を寄せて、マリエを見下ろした。
「わからないか? 前に言っただろう? 恋人らしくすごせる方法を考えるって。母屋は俺たちの家になる――君がこの話を受け入れてくれるなら、だが」
「え……」
「空港の方に俺の仕事場を作って、パールハールに出向かなくてはできないこと以外はここで行う。まあパールハールに行ったって四時間で帰って来れるからな。きちんと毎日帰宅できる。パールハールにも空港を作る計画だから、いずれはもっと短縮できる。君だってパンを作っている間は俺と一緒にはいられないんだから、これくらいは許容範囲だろう?」
 目を見開いたまま反応できずにいるマリエに、業を煮やしたようにユートが言った。
「まさか本当に忘れたんじゃないだろうな? 俺は、ずっと一緒にいられる方法を考えると約束したはずだ」
 それはそうだった。
「でも、忘れろって……」
「それは、待つのは嫌だと君が言ったからだ」
 ユートは憮然として言ったあと、マリエの顔を覗き込んで心配そうに聞いた。
「……それで、忘れたのか?」
「忘れてません!」
 マリエは大きな声を出してしまい、ここが鳥かごの中ではないことを思い出して、深呼吸をする。心を落ち着けてから、言い直す。その間ユートは黙って待ってくれていた。
「忘れようとしたけれど無理でした。でも、ユートさんがあまりにも変わらないから、あなたは忘れちゃったんだと思ってたんです」
 披露会でカザマから聞いたカオリとの婚約が間違いだったとわかっても、自分に望みがないのは否定しようがなかった。
 それでいて、ユートへの恋心は消せなかった。諦めて、開き直って、この気持ちと一生付き合っていこうと思っていたところだった。ユートのことを考えて胸が痛んでも、それが当たり前だと平静に受け止められるように、マリエは密かに訓練していた。
「俺が忘れるわけないだろう」
 ユートは短く息を吐いた。
「君は俺の真剣さを全く理解していないようだな……。俺は本気なんだ。軽い気持ちで言ってるんじゃない。いくらミツバでも、そう簡単に新しいホテルを作ったりしない」
 マリエの前で地面に片膝をつくと、小さな箱を掲げた。蓋を開いた中に指輪がある。小指の爪くらいの大きさのダイヤモンドが燦然と輝いていた。
「君が好きだ。一生かけて君を愛す。ずっと一緒にいる」
 真っ直ぐに見つめる切れ長の目が、マリエの心を攫う。
「結婚してほしい」
「……私でいいんですか?」
 衝動のまま受け入れてしまいたいのを振り切って、震える声でマリエは聞いた。悪あがきにしか見えないだろうと自分でも思った。
「君がいいんだ。他はいらない」
 ユートは落ち着いた表情で繰り返した。しかし、声には熱意が籠っていた。
「結婚してくれるか?」
「はい……喜んで」
 いろんな感情が渦巻いて、慌てて気持ちを抑えた。鳥かごで言ってくれたら良かったのにと恨まずにはいられない。
「ありがとう」
 ユートは何か堪えるように目を閉じて、そっとマリエの左手を取って薬指に指輪を嵌めた。どうやって調べたのかサイズがぴったりなのが、いかにもユートらしくてマリエは微かに頬を緩めた。
 彼はそのままマリエの指先に口付けた。敬虔な祈りのようで、でも、肌に触れる吐息は熱かった。
 一瞬で唇を離したユートは、マリエを上目使いで見て、照れたように笑った。今まで見たことがない表情に、マリエの胸がきゅっと縮む。
「断られなくて、良かった……」
 ほっとしたように言うユートに、マリエは見惚れていたのをごまかすために、少し睨むようにする。頬が上気していてちっともごまかせていないことを、マリエは気づいていない。
「私も好きだって言ったじゃないですか。忘れちゃったんですか?」
「まさか! しっかり覚えている。何度も何度も思い出した」
 茶化すでもなく真摯に答えるユートに、マリエは言葉を失う。
「もう一度言ってくれるか?」
 ユートはマリエの手を引いて立たせた。マリエは彼の端正な顔を見上げる。ユートがセンサーの範囲に入ったため、ポチがばさりと羽音を立てた。
「好きです。ユートさんが好き」
 マリエは微笑んだ。今の状況でできる精一杯の気持ちを込めた。頬が染まって、少しだけ涙が滲んだ。
 ユートはマリエの手を強く握った。眉を寄せて難しい顔をする。
「君を抱きしめたいんだが」
「だめです」
「キスしたい」
「無理です」
「鳥かごに戻ったら?」
「今は考えられません」
 ユートは一度マリエの手を離して、ステッキと帽子を手に取る。
「それじゃあ、まず戻ろう」
 手袋を外すと、改めてマリエの左手を取って指を絡めて繋ぐ。施設のドームに向かって歩を進めた。ユートの大きな温かい手。そのしなやかな指に直接ぎゅっと心臓を掴まれているようで、ドキドキしすぎてマリエは心配になる。でも、できるなら手はこのまま繋いでいたい。空いている右手で胸を抑えて深呼吸した。
 そんなマリエを知ってか知らずか、ユートは肩まで触れるほど近くを歩く。
「甘い匂いがする」
「たぶんパンの匂いです」
 そう答えると、ユートは繋いだまま手を持ち上げ、マリエの手首に顔を寄せ鼻を鳴らす。
「おいしそうだな。あとで食べさせてくれ」
「パンを、ですよね?」
 そこでしゃべらないでほしいと思いながら、マリエが聞くと、ユートは血管をなぞるように手首に唇を滑らせた。心臓が止まりそうになって、息を飲む。案の定、SOFで停止したポチが降ってきて、マリエの視界は暗転した。
 あとから聞いた話では、ユートも睡眠ガスに巻き込まれたらしく、駆け付けたヨシカワに蹴られたらしい。
 結婚披露宴のスピーチでも言われて、長く笑いの種にされることを、このときはまだ二人とも知らなかった。
1996.12.13 22:19(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |

彼女は鳥かごの中 - 4.新しい鳥かご(2)

 カザマとのやりとりが撮影された動画が記事になったことは、ヨシカワが教えてくれた。印刷してもらった記事を読んで、マリエはもやもやとした気持ちを抱えた。結局、SOFを前面に出して同情を誘って、パンを売ることになってしまった。
 それをなぐさめたのはルウコだった。
「きっかけなんて何でもいいのよ。最初は同情だって、おいしくなかったら一度で終わりでしょ。また買ってもらえるかどうかはマリエ次第じゃないの?」
「そうね。がんばらないとだめだよね」
「そうよ! 何年も経ったら、マリエがSOFだなんて誰も気にしなくなるわよ!」
 記事がきっかけでマリエのパンを食べに来た客にも好評だとカオリから聞いていた。いつか「SOFが作ったパン」じゃなくて「ドン・ラ・カージュのパン」で選んでもらえるようになりたい。フジモトから資料を送ってもらって自家製酵母の勉強も始めよう。今はまだ『ミネヤマ』の従業員扱いだけれど、独立できるようになりたい。
 決意を口にすると、ミドーも「がんばりましょう」と言ってくれた。彼は引き続きマリエの助手についてくれている。
 ルウコのことでは、びっくりするようなことが起こった。
 披露会から十日後、マリエに面会に来たエリーが、鳥かごでルウコに会ったときだった。
「お姉様!」
 ルウコがエリーに言ったのだ。マリエが驚いていると、エリーはルウコを抱きしめた。「ごめんなさい」と泣きながら何度も謝る。その場にいたSOFのいつものメンバーは知らなかったけれど、施設職員のトウドウとヨシカワは知っていたようだった。
「ディーランサに旅行に来ていたときに、ルウコのSOFが発露して、父は妹をパールハールの保護施設に預けてしまったのです。眠らせればガーベルンドラーまで連れて帰れるのに」
 再会の動揺が去って落ち着きを取り戻したエリーが説明するのに、ルウコも俯いて言う。
「ハカマダってお母様の旧姓なの。保護されて、気が付いたらもう一人ぼっちで……」
 マリエは彼女の頭を撫でて、
「ルウコがガーベルンドラーの知事の娘だって広まったら、SOF保護運動のダニー・ウィングみたいに目立ってしまうって心配したんじゃない?」
「え……」
 ルウコは顔を上げて、目を瞬いてマリエを見る。考えてもいなかったようだ。
「そうなのかな……」
「きっと、そうよ」
 エリーもうなずいて、ベンチに座るルウコの前に膝をついた。両手を包み込んで握る。
「わたくし、ディーランサのSOF保護センターでお仕事をすることにしたのよ」
「え? お姉様が仕事なんて……お父様は反対なさらなかったの?」
「喧嘩してしまったわ」
 上品に微笑むエリーに、ルウコは吹き出した。
「これからはいつでも会いに来れるわ」
「本当? それじゃあ、あたしが作ったイチゴが収穫できたら食べてくれる?」
「ええ、もちろんよ」
 そう言って、年の離れた姉妹は再び抱き合っていた。
1996.12.13 22:18(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |

彼女は鳥かごの中 - 4.新しい鳥かご(1)

 披露会の翌々日。その動画を見つけたのはカオリだった。世界的にメジャーなパーソナル・ブロードキャスティング・サービスに投稿されたものだった。
 偶然映っていたのを編集したのだと思う。手前の人物はトリミングされているが、その肩越しにマリエとカザマが話していた。拡大したせいか少し画質が荒い。マリエのドレス姿をろくに褒められないままだったことを今さら思い出す。
 ガーディアンで撮影された映像と違って、カザマの正面からだったため、彼の口元はしっかり映っていた。音声は入っていなかったが、読唇術の心得のある誰かが、カザマのセリフを文字に起こしてコメント欄に書き込んでいた。おおよそヨシカワが推測した通りだった。
 カザマの発言に対して非難する書き込みが並ぶ。
 SOFに詳しい誰かが、倒れる前にマリエが数歩下がったことを「ガーディアンの睡眠ガスがかからないように離れたんだろう」と指摘すると、「ひどいことを言った相手すら気遣うとはまさに聖女」という流れができていた。映っているのが、以前大衆誌に書かれたユート・ミツバを助けた『SOFの聖女』だとばれているらしい。
 マリエの名前は出ていなかったけれど、カザマはかなり詳細に個人が特定されていた。彼は名前と顔を変えるでもしなければ、今後商売ができないのではないだろうか。もしかしたら、エリー・トワダの父親が娘を守るために手を回したのかもしれなかった。
 プライバシー侵害を盾に動画の削除を申請すべきかユートが迷っていた数時間の間に、またもや大衆誌に取り上げられてしまった。
 それはシライ博士が連絡してくれた。『M&Sクラフツ』の商品にも、マリエのパンにも言及されていて、披露会に来ていたのだとわかる。ユートは会わなかったが、博士は記者に挨拶されたそうだ。カザマとの動画を紹介して、「あのような暴言を浴びせられなければ彼女が倒れることはなかっただろう」と書いている。前の記事ほど同情を煽るものでもなく、かなり好意的な内容だった。
 そのおかげか、翌日には、『ミネヤマ』にマリエのパンについて問い合わせが殺到している、とカオリが教えてくれた。
 シライ博士とカオリ、ヨシカワとも相談して、動画も記事も黙認することに決めた。
 マリエが保護施設に無事帰りついたことは、ヨシカワが知らせてくれていた。もう落ち着いていて、以前と変わらずすごしているそうだ。それどころか、さっそくパンづくりで忙しくなっているらしい。
 披露会から二週間後、エリーに『M&Sクラフツ』の商品を説明する機会があった。そのときに、彼女からマリエに面会に行ったことを聞いた。
「すっかりお元気そうでしたわ。わたくし、ガーディアンの下でしかお話していなかったから、あんなに思いきりよく笑う方だって知らなくて、少し驚いてしまいました」
「そうですね、彼女の笑顔はいい」
 ユートがそう言って笑みを浮かべると、エリーは「まあ」と驚きをあらわにした。それから上品に微笑む。今にも「応援していますわ」と言いそうな顔だった。
 マリエに会いたいと思った。
 ずっと一緒にいてくれない人は恋人にはできないと彼女は言った。
 たとえずっと一緒にいることができなくても、ユートはマリエ以外を恋人にするつもりはない。そもそも前提が違うのだ。マリエが恋人になってくれるなら、どんな条件だってクリアしてみせる。
 彼女が絞り出すように言った「好き」という言葉を心に掲げて、ユートは半年以上かけて準備していた。それがもうすぐマリエに話せる段階を迎える。

1996.12.13 22:17(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |

彼女は鳥かごの中 - 3.鳥かごの外で(14)

 そのとき、ユートはマリエの状態をそれほど深刻には考えていなかった。ヨシカワもそうだったのか、気を回す余裕がなかったのかはわからないが、全員でマリエの部屋に移動するのを彼は止めなかった。
 部屋に入ると、先に入ったヨシカワがベッドの脇の椅子に座ってマリエに話かけていた。
「気分は?」
「……はい……」
 いいとも悪いとも言わず、マリエは天井を見ていた。力ない声と精気のない視線が、初めて施設を訪ねたときを思い出させて、ユートは背筋が冷えた。
「マリエ」
 ヨシカワの隣に立ち、そっと呼びかける。マリエはびくりと震えた。きつく目を閉じると、目尻から涙が一筋落ちた。
「大丈夫か?」
 ユートの問いかけに、マリエは両手で顔を覆った。
「先生……」
「ん? 何?」
「施設に帰りたい」
「ああ、そうだね。準備しよう。もう眠っておく?」
「はい……」
 マリエに無視されたユートは途方に暮れた。もう一度声をかけようにも言葉が出ない。
 立ち尽くすユートにヨシカワが無言で首を振る。それから、彼は振り返って、カオリを見た。
「そういえば、カオリさん、ご婚約されたんですか?」
「え? え、ええ。はい」
 突然の話題にカオリは戸惑いながら、答えた。ヨシカワは構わずに、問いを重ねる。
「それはおめでとうございます。で、お相手は?」
 マリエが短く息を吸ったのが聞こえた。ヨシカワは彼女の腕に手を添える。
「うちのシェフのフジモトですわ」
 フジモトはコンクールで準優勝の好成績を修め、先日カオリの父親に結婚の挨拶をしたらしい。ユートが予想した通りオオヤマ氏は反対することなく、二人の結婚はあっさり認められたそうだ。ユートがカオリのエスコート役に駆り出されることももうない。婚約披露パーティは来月の予定で、ユートも招待されている。
「え……え、と……? え?」
 マリエが驚いた様子で、顔を見せる。さっきの怯えた表情はもうなかった。
「だってさ」
 ヨシカワが笑う。
「どうする? もう帰る?」
「……はい。帰りたいです」
 幾分落ちついた声で、マリエは言った。胸の上でぎゅっと手を握りしめて、ユートを見る。その顔はまた強張っていた。
「ユートさん、倒れてしまって、ごめんなさい」
「いや。気にしないでいい。パンの評判は落ちてないから、安心してくれ」
「……良かった」
 濡れた瞳で見上げて、マリエは少し頬を緩めた。その血の気が引いた白い肌を温めてあげたくて、手が伸びる。察したヨシカワが立ち上がって、ユートを遮った。
「大丈夫そうなら、先に何か食べておいて。その間に、帰る準備をしておくから」
 マリエがうなずくのを見て、ヨシカワはユートの肩を押して部屋を出る。カオリとエリーも続いた。
 マリエと話すタイミングがなかったエリーが、閉まったドアを振り返った。カオリが彼女の肩を抱く。
「私から伝えておくわ。気になるようなら、保護施設に面会に行けばいいし」
「それがいいと思いますよ。うちの施設は、他と違って、面会申請した相手以外にも会えますから」
 ヨシカワがそう言うと、エリーは驚いたように顔を上げた。
「ご存じなんですか?」
「当然です」
 二人の話についていけず、ユートは口を挟む。
「何のことだ?」
「トワダ嬢は、SOF保護活動に興味があるそうなんですよ。うちの施設に問い合わせいただいたって聞いてます」
 エリーの代わりにヨシカワが答えた。ユートは納得する。
「そういえば、うちの商品も個人的に興味があるとおっしゃってましたね」
 慈善事業としてSOF保護活動を支援する人はたくさんいる。マリエのことを知らない人からは、ユートの行動もそういう風に捉えられていた。
「ええ、そうなんです。今日はあまり見れなかったんで、また改めて拝見させてください」
「もちろんです。それなら、ぜひパールハールの保護施設も見学された方がいいですよ」
 エリーは「そうさせていただきます」と微笑み、挨拶してからカオリと部屋に戻って行った。念のため、警備員に付いて行かせる。
 ユートはヨシカワに目をやった。彼は予想していたのか、ユートが口を開くより前に肩をすくめた。
「なぜカオリの婚約のことを聞いたんだ?」
「あの映像から読めた言葉が他にもありましてね。カオリさんの方を見たあとで、『婚約』と言った。それから『知らなかった』。『愛人』がどうとか……」
 ユートは顔をしかめる。ヨシカワは軽い口調で、
「大方、カオリさんとユートさんが婚約するって聞かされたんじゃないですかね? それで、『お前なんか』せいぜい『愛人』どまりだ、みたいなことを言われたんじゃないですか。そういうこと言いそうな感じでしょ、あの人」
「それをマリエは信じたのか?」
 ユートは少なからず傷ついた。ユートはマリエに好きだと告げたのに。忘れてくれとは言ったが、本当に忘れてしまったのか。そもそも自分の気持ちを信じてくれたのかどうか、ユートはずっと疑問に思っていた。
「ユートさん、そこじゃなくてですね。……カザマの誤情報で、マリエは倒れるほどショックを受けたんですよ? 意味わかります?」
「俺に他の女と結婚してほしくないってことか!」
「前向きに解釈すれば、そうなりますかね」
 ヨシカワはユートの肩を軽く叩いた。
「良かったじゃないですか。あんなの作っちゃってふられたら目も当てられないですからね」
「まあな」
 今回の件で、ヨシカワとはSOF保護センターに一緒に出向くことが何度もあり、ユートが進めている新事業の計画も話していた。
「どこまでできてるんですか?」
「もうすぐドームが完成する。そうしたらマリエに話す予定だ」
「応援してますよ」
 ユートは今日の披露会で、同じ言葉を何度か言われた。どうやら、ユートがマリエを想っていることが皆に筒抜けになっているようだ。これでふられたら本当に目も当てられないだろうな、とユートはため息をついた。
 そのことで、ずいぶん前にカオリにぼやいたことがある。保護施設で食事会をしたあとだ。ハマモトやトウドウもユートの気持ちを察しているのが不思議だった。
「なんで、皆、俺の気持ちに気づくんだ?」
「だって、あんた、マリエの前ではかっこつけてて、それなのにすごく気を使ってて。笑っちゃうくらい、他の女の前と全然違うじゃない」
 呆れた顔で指摘するカオリに、ユートは憮然とした。
「それじゃあ、なんでマリエには伝わらないんだ?」
 好きだと言ったら、嘘だと言われた。ものすごく真剣なのに、気まぐれだと思われている気がしてしかたなかった。
「女に囲まれて不機嫌に追い払ってる普段のあんたを知らないからでしょ?」
「普段の様子を見せたら、マリエにもわかってもらえるだろうか」
 ユートが腕を組むと、カオリは馬鹿にしたように言ったのだ。
「嫌われるだけだと思うわよ」
1996.12.13 22:16(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |

彼女は鳥かごの中 - 3.鳥かごの外で(13)

 ユートがヨシカワに話を聞けたのは、披露会が終わったあとだった。
 シライ博士、マリエの叔母のカナコ・ハマモト、カオリとエリーも一緒だ。部屋で寝ているマリエには、ハマモトが連れてきた美容師の女性がついていた。
 マリエの客室の隣を、保護施設関係者の控室にしていた。ガーディアンの映像を受け取る機器を入れ、何かあったときのための医療機器も揃えた。
 ヨシカワは、タッチパネルを操作し、マリエが倒れる前の映像をディスプレイに流す。やはり、マリエはカザマと話していたようだった。音声がないから何を話しているのかはわからない。マリエを斜め上から三六〇度ぐるぐると映している中に、カザマが一定間隔で登場する。その方向からでも、彼がマリエに敬意を持って接していないのはわかった。
「この男は?」
「ガーベルンドラーで貿易会社を経営している、カザマというそうです」
 シライ博士に答えてから、エリーに聞く。
「エリーさん、彼ともめていた理由をうかがってもよろしいでしょうか」
 ディスプレイを蒼白になって見ていたエリーは、映像が暗転して終わると顔を覆った。その直前、一瞬だけ、涙がたまった目でこちらを見上げるマリエが映ったときには、ユートも拳を握りしめた。先にエリーとカザマのことを聞いていたら。あのときマリエを一人にしなければ。後悔し始めるときりがなかった。
 ユートは披露会が終わる前に、カザマを同伴してきたというバナールルーウォン社のナナオに、カザマが泊まっているホテルを聞き出し、人をやって彼が戻っていることを確かめていた。ナナオは、頼まれたから連れてきただけでカザマのしたことは自分とは無関係だ、こちらも迷惑している、と言い訳しながら、ユートに謝罪した。
「カザマさんは、わたくしの元婚約者です」
 エリーが口を開き、ユートは我に返った。自分が質問したことすら忘れかけていた。
「半年ほど前に婚約を解消していただいたんですが、少し行き違いがあるようで……。今日は、ガーベルンドラーから私を追いかけて来たそうです」
「付き纏われているんですか? 警察には?」
「大げさにするほどではないんです。ガーベルンドラーに戻ったらお父様も一緒にお話しするつもりなので、それで解決すると思いますわ」
 カザマは権力には弱そうだったから、知事から言われたら大人しく引き下がるだろうとユートも思った。そもそもエリーが彼と婚約していたのが不思議でならないけれど、男女のことはわからないから、ユートは黙っておいた。
「ご迷惑おかけして申し訳ありません。マリエさんにもあとで謝らせてください」
「どうか顔を上げてください。あなたが悪いわけじゃない」
 シライ博士がエリーに声をかける。
「そうですわ。悪いのはあの男でしょう? 婚約解消して正解でしたわね。あなた、なんであんな男とお付き合いしてらしたの?」
「そうよ。私も聞きたかったの。だって、年もだいぶ違うんじゃない?」
 ユートがあえて尋ねなかったことを、ハマモトとカオリはずばり聞いてしまう。年の差に関してはカオリが言えることじゃないだろう。呆気に取られるユートをよそに、エリーは気を悪くした様子もなく、
「お友だちの紹介だったんですが、婚約するまではすごく優しい人でしたの。婚約して父に紹介してから、なんだか変わってしまって……」
「なるほどね。でも、婚約した時点で馬脚を現すなんて、ちょっと間抜けよね」
「確かにそうですけど、結婚する前で良かったですわよ」
 ユートには好き勝手言っているようにしか思えないのだが、エリーは慰めと受け取ったらしく礼を言った。
「ミツバのホテルで問題を起こして、パールハールで仕事ができるなんて彼も思っていないだろう」
 ユートが言うと、カオリも不敵に笑った。
「彼は、うちの系列レストランには出入り禁止ね。もちろん、ディーランサ全土でよ」
「今回の行程は全て報告することになっていたので、遅かれ早かれですが、保護センターにはもう連絡しておきました。彼が面会を申し込んでもセンターが許可しません。マリエがカザマに会うことは二度とないので、安心してください」
 最後に、ヨシカワが断言した。そう言われたシライ博士とハマモトは、ほっとしたように息をついた。
「どうもありがとう。マリエの味方は実に頼もしいな」
 博士が頭を下げた。ハマモトも感激した様子で博士に倣う。
 ユートはヨシカワを振り返った。
「カザマのことはいいとして、マリエが何を言われたかはわからないのか?」
「音声は入らないんですよ」
 ヨシカワが首を振ると、エリーが彼を怪訝そうに見た。それでユートは思い当たる。
「唇が読めるのか?」
「ああ、トワダ嬢にはマリエが話してましたね……」
「わかるなら教えてくれ」
 ヨシカワは難しい顔で、
「『SOFのくせに』とか、『お前なんか』とか、そのくらいしか読めませんよ」
「一度会場内に目を移したのはなんだろうか」
「さあ、視線の先までは映っていませんから」
 お手上げとばかりに両手を広げるヨシカワに、カオリが声を上げた。
「そういえば、私の方を見ていたような気がするわ。私がマリエが倒れたのに気づけたのは、先にそちらからの視線を感じたからよ」
「へぇ……カオリさんを……」
 ヨシカワはそう呟き考え込むように黙った。ユートはカオリに、
「カザマと面識があるのか?」
「まさか。今、映像を見て顔を知ったくらいよ。まあ、向こうは私のことを知っているでしょうけど」
「もしかしてパンの話なんじゃないかしら。レストランのことでカオリさんを見た、とか?」
 ハマモトが言う。ユートもカオリも「ああ」と声を上げる。
「それはありそうですね」
「パンのことを言われたらショックだろう」
「好評だったと聞いたが……」
 シライ博士が心配そうにカオリに聞く。
「ええ、その通りです。睡眠ガスの件も気にする人はいませんでしたわ。『ミネヤマ』で扱うことを告げたら皆さん喜んでくださいました」
「倒れてしまったことで影響はないだろうか」
「気づいていない人の方が多かったですし、きっと大丈夫だと思います」
 カオリはマリエが倒れてからエリーの元に行き会場には戻っていない。視線で尋ねられ、ユートもうなずいた。
「俺が見聞きした範囲では、睡眠ガスのパンへの影響を心配する声はなかったな」
 そこで、内線電話が鳴った。ヨシカワが取る。
「マリエが目を覚ましたそうです」
1996.12.13 22:15(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |

彼女は鳥かごの中 - 3.鳥かごの外で(12)

 何かが落ちる音が聞こえて振り返ると、マリエが倒れていた。ユートは慌てて駆け寄る。
「マリエ!」
 マリエの横にガーディアンのシロフクロウが落ちていたから、SOFがセンサーの範囲を超えて眠らされたことはわかった。しかし、原因はなんだ。
 入り口から出て行くカザマが目に留まる。非常口の電子キーの復旧を待つ間に話をしていたが、余計な世辞などを省けば、ただ単に彼は自分の会社を売り込もうとしていただけだった。媚を売ってすり寄ってくる人間は昔から多くいたため、ユートはあまり気にしていなかった。エリーと何があってマリエが関わることになったのか、それはまだ聞いていなかった。披露会の会場でマリエとカザマが話す機会はないだろうと高をくくっていたのだが、その結果がこれだろうか。
 カザマを追う視線を遮って、ヨシカワが駆け込んで来た。彼がこれほど慌てているのは初めて見る。
「間に合わなかったか……」
 マリエが倒れる前に控室を出ていたのだろう。彼はそう言って、マリエの横に膝をついて脈をとる。
「何があったかわかるか?」
 ユートは小声でヨシカワに聞いた。ヨシカワはユートを見もせずに「あとで来てください」と言った。
「頭を打っていないだろうか」
「いえ、そういうことはないように効き目が調整されているんで。それに、マリエは範囲が超えるのを自覚していましたから」
 ヨシカワはそう答えて、マリエを抱き上げようとした。ユートは彼を押しとどめ、
「俺がやる」
 そう言ったユートに、ヨシカワはきつい視線を向けた。
「あなたにはあなたの役割があるでしょう」
 有無を言わさずマリエを抱え上げると、ヨシカワは会場から出て行った。ユートはそのまま動けない。シライ博士がユートの前に落ちていたマリエのガーディアンを拾う。立ち上がりざまにユートの肩を軽く叩いた。
「娘がお騒がせして申し訳ありません。どうぞご歓談を続けてください」
 シライ博士はガーディアンの足の辺りを探って、再起動させた。シロフクロウは大きな羽を広げ、博士の手から飛び立つ。一瞬も迷うことなく、入り口から出て行った。真っ直ぐにマリエを追いかけていけるのを、相手はロボットだというのに、うらやましく感じる。
「SOF向けの機器は、停止したあとの復帰が早いのが特徴なんですよ」
「本物そっくりだが、今のはロボットですよね?」
「ええ、実は、あのロボットの表情を作る機構には私の研究が使われていまして」
 ガーディアンに興味を持った様子の客に、博士は話を振る。
 この騒ぎに気づいたのは近くにいた客だけで、幸運なことにそれほど多くはなかった。ここまでのマリエの努力が無に帰さなければいいと心底願う。
 ユートは軽く髪をかき上げる。カオリに目配せすると、彼女はすぐにこちらに来てくれた。二人で廊下に出る。
「マリエが倒れたんだが、その場にカザマがいたようなんだ」
「カザマ? エリーさんを連れ出そうとしてたっていう男?」
 マリエのことは気づいていたらしくカオリは聞かなかった。
「連れ出そうとしていたのか! 俺は何があったのか知らないんだ。お前、聞いたんだろう?」
「マリエが知っている範囲でだけれど」
 そう断ってカオリは、カザマが無理やりエリーを外に連れ出そうとしていたところに行き合ったマリエが、非常階段の電子キーを停止させて阻止したらしい、と話した。
「エリーさんはこのホテルに泊まっているんだ。念のため、様子を見てきてくれないか?」
「カザマは?」
「会場から出て行ったのは見た。ホテルから出たかどうか確認させる」
 ユートは電話で支配人を呼び出し、カオリを案内するように指示した。安全のため、警備員も同行させる。マリエの部屋の前にも警備員を配備した。
「マリエのことも話して、カザマとの諍いの原因を聞いてくるわ」
 カオリはそう請け負って、ユートの腕をばんっと叩いた。いつもなら顔をしかめる遠慮ない力加減が、今はありがたかった。
1996.12.13 22:14(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |

彼女は鳥かごの中 - 3.鳥かごの外で(11)

 カオリに連れられて大広間に入り、次々に人を紹介された。SOF範囲を広げないようにするため、話はほとんどできないと予めカオリが断ってくれた。だからマリエは微笑みを貼り付けてうなずくだけで良かった。幸い、皆SOFに理解がある人ばかりだった。『M&Sクラフツ』がSOF向けの商品を扱う会社だということと、カオリがそういう人を選んで紹介してくれたのもあるだろう。マリエが会った中で、カザマだけが例外だった。
 パンの評価は上々だった。カオリが『ミネヤマ』の限定メニューで出す予定だと教えると、客は「楽しみだ」「食べに行く」と言ってくれた。
 エリーにも話をしても平気なのかと聞かれたけれど、大部分の人が、SOFはガーディアンの範囲内では何もできないと思っていたようだった。まず、パンを作ったことに驚かれた。それから、マリエが目の前で話を聞いていることにも驚かれた。中には、マリエがSOFかどうか疑い、時計に触ってみてくれと言い出す人もいた。――触るまでもなく手を翳すだけで時計の電源は落ちてしまったので、それにも驚かれた。実際にSOFに会って、その力を見る機会がある人はやはり限られているのだ。
 手品か何かのように感心されるのは複雑だった。それでも、深刻な病気に罹っている患者に向けるような痛ましげな顔で見られるよりはましだった。そんなときは、心の平穏のためにそっと目を逸らした。
 ユートが合流すると、自然と、彼と出会ったときの話が出るようになった。今さら隠しても無駄で、マリエがユートを助けたのは伝わってしまっていた。
「勇敢なお嬢さんだ」
「身を挺して人を助けるなんて、普通じゃできませんわ」
 マリエはひたすら微笑みを貼り付けて黙っていたから、余計に『聖女』のイメージがついたようだった。『悪女』に変わらなかったのが幸いと喜ぶべきか。
 さすがに疲れてきたところで、隣にいたユートが小声で聞いた。
「大丈夫か?」
 マリエは軽く首を振る。
「もう戻ってもいいですか?」
「ああ、構わない。送ろう」
「いえ、一人で戻れますから」
「だめだ。何かあったらどうする。さっきだって」
 言いかけてユートは口をつぐんだ。その場にいた客たちが温かいまなざしでこちらを見ているのに気づく。
「マリエさん、ユートさんに紳士の仕事を全うさせてあげなさいな」
 話の主導権を握っていた年配の男性客が言うのに、周りも賛同して、マリエは従うしかなかった。付け焼刃でカオリに習った淑女らしい礼をする。
「それでは、失礼いたします。今日はどうもありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかった。また『ミネヤマ』に食べに行かせてもらうよ」
「はい。ぜひ」
 しばらく固まったままだった表情を解いて素の笑顔を浮かべると、男性客は目を細めた。それからユートの肩を叩く。
「応援しているよ」
「新会社を、よろしくお願いします」
 にこりともせずにそう返したユートは、マリエを促して大広間の入り口に向かう。彼が腕を差し出すのを、マリエは断った。
「通信端末が止まったら困るんじゃないですか?」
「そうだな……。エスコートできなくて、すまない」
「私、一人で歩けますよ」
「そういうことじゃない」
 ユートが苦い声を出すのに、マリエは謝る。
「すみません、難しい話は今はちょっと……」
「ああ、わかっている。聞き流してくれ。……ところで、エリーさんは?」
 ユートに聞かれて彼女のことを思い出す。今まで機会がなかったのだ。
「カザマさんが戻ってくる前にって、帰りました。ユートさんにお礼を言ってました。いきさつは話してもらえなかったんですが、カオリさんが改めてあとで聞いてみるそうです」
「そうか」
 入り口の手前で声をかけたのはマリエの父だった。
「ユート君、ちょっといいか」
「今、マリエを送って行くところなんです」
「すぐだ。彼がもう帰るそうなんで、紹介だけさせてくれ」
 父は隣の男性客を示す。マリエはユートを見上げ、
「大丈夫ですから」
「いいか。ここにいてくれ。絶対に一人で戻らないように。いいね?」
「わかりました」
 子どもに言い聞かせるようなユートにマリエは少し苦笑する。彼が父の元に行き、客と三人で話すのを、マリエはぼーっと見ていた。すると、突然、ばさりとポチの羽音が大きく聞こえた。マリエがはっとして視線を上げるのと、目の前に人が現れるのは同時だった。カザマだ。粘っこい笑顔でマリエを見ている。
「先ほどはどうも」
「はい……」
 マリエは何を言われるのかと身構える。
「ユート・ミツバと話す機会を与えてくれてありがとう。さすがSOFの聖女様だ。パールハールの公爵令息と知り合う機会なんて滅多にないからな」
 嫌味たらしい表現に、マリエは思わず眉をひそめる。カザマはますます楽しそうに、身ぶりを大げさにした。
「君だってそうだろう? ミツバの御曹司だから助けた。違うか?」
「違います」
「いろいろ恩恵に預かったんだろ。SOFのくせに、外にまで出してもらってさ」
 カザマは一度言葉を切ると、会場の奥に向かって顎をしゃくった。その先を見るとカオリがいる。
「カオリ・オオヤマは近々婚約発表するらしい。相手はユート・ミツバだって噂だ」
「え?」
 マリエは驚いてカザマを振り返ってしまう。彼は嗜虐的な目でマリエを見下ろした。
「なんだ。知らなかったのか。はははっ。せっかく助けたのに残念だったな。まあ、どうせお前なんかが公爵夫人になれるわけない。愛人の座でも狙ったどうだ? SOFにはぴったりだろ」
 カザマのセリフはマリエの耳にはほとんど入っていなかった。
 君が好きだと言われたときのユートの燃える瞳。握られた手から伝わる熱。自分の胸から溢れてきた好きという気持ち。彼の腕の中で感じた幸せと悲しさ。
 忘れてくれと言われたけれど、マリエは全然忘れられなかった。
 ユートがカオリと結婚して、マリエのことを忘れて、施設に面会に来てくれなくなっても、マリエはきっと一生ユートのことを忘れることができないだろう。
 マリエの心の真ん中にユートがいる。彼の静かなまなざしを、マリエはいつでも思い出せた。
 胸が詰まる。
 今まで気持ちを抑えていたせいで、余計に振れ幅が大きい。
 泣きたくて仕方がない。
 もう眠らされてしまった方がいっそ楽だと思えた。その間はユートのことを考えなくて済む。
 マリエは涙に潤んだ瞳でポチを見上げた。その表情でマリエが限界だとヨシカワには伝わっただろう。
 カザマが目の前にいたことを思い出して、マリエは数歩下がる。一秒も経たずに、SOFで停止したポチが落下してきて、発射された睡眠ガスでマリエはその場に座り込んで意識を失った。
1996.12.13 22:13(Fri)| カテゴリー:彼女は鳥かごの中 | 個別表示 |
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