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オレンジ宇宙制作室(創作文章ブログ)

花巡り、四月末

 風に落ちた白い小さな蜜柑の花を辿って会いに行く。火の勢いが落ち着いてきたレッドロビンの生垣の道。みずみずしいハナミズキの葉の下。ピンクと白のツツジの階段。大輪の赤い薔薇が咲いたら行き止まり。私に水をくれるのはだあれ?
2018.04.28 23:16(Sat)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

初春、初夏

 夜、冷たい雨が降ってきたら、梅の匂いの角を曲がる。
 夜、生温かい雨が降ってきたら、木香薔薇の匂いの角を曲がる。
2018.04.24 20:23(Tue)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

四月六日

 オープンテラスの席で、カフェオレを飲む。大きな塊になった埃が、足元でくるくると回っている。引きずられた髪の毛は尻尾。小さな落ち葉は耳だ。チィチィと鳴きながら、席を立った私の後をついてきたから、名前を考えなくてはならない。
2018.04.06 19:28(Fri)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

四月五日

 オオイヌノフグリの花を、ひとつひとつ摘み取って、方眼紙に並べる。微妙な色の違いで、離れて見ると霞がかった空のようだ。紙全体が小さな花で覆われたところで、丸めて捨てる。
2018.04.06 02:50(Fri)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

四月一日

 切り損ねて一本だけ長い左足の親指の爪が春に触れると、そこから私が解けていく。糸になった私は桜の花びらを巻き込みながら、風でくしゃくしゃに丸まって転がっている。
2018.04.01 13:46(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

三月十九日

 扉の上の路線図を辿って想像の海へ行く。ひたすら斜め上ばかり見ていると瀕死の魚みたい。そう思ったらおもしろくなる。少し生き返った。







製品カタログ21「ペットボトルメール・横」収録


2018.03.19 19:49(Mon)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

春が来た

 東京も雪が溶け、地下鉄のあちこちで漏水が始まった。
2018.03.14 19:46(Wed)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

裏切りの感情

「おい、ジュリア」
 酔って帰ってきて、そのままソファで寝ていたジュリアは肩を叩かれて、薄く目を開けた。
 薄暗い室内でも淡く光る白金の髪が視界に入る。養い子のエドだ。エドは十五年前にやってきたときは細く痩せ細った子どもだった。それがいつの間にかジュリアを追い越していた。どこかで鍛えているらしく、今では、軍人のようにがっしりした体つきになっていた。
 魔女は子どもが産めない。それでもジュリアは子どもが欲しかった。旅の父子に出会ったのは偶然だったけれど、天恵に思えた。病気を抱えていた父親はジュリアが魔女と知りながら息子のことを託して、保護していくらも経たないうちに亡くなった。残された息子のエドをジュリアは養子にしたのだ。
 そのエドが不機嫌にジュリアを見下ろしていた。
「飲んで来てもいいが、きちんとベッドで寝ろよ」
「う……ん……」
 唸るように返事をして再び目を閉じると、両腕をひっぱって起こされた。
「ジュリア」
「ああーもー、かわいくない。昔みたいにお母様って呼んでごらんなさい?」
 半目で微笑むと、エドは顔をしかめた。
「いい加減にしろよ」
「なあに? お母様に逆らう気?」
 エドは舌打ちして、ジュリアを強く抱きしめた。
「俺は、あんたのことを母親だって思ったことは一度もない」
「な……」
 一気に目が覚めたジュリアを混乱に陥れたのは、エドの唇だった。それがジュリアの唇を塞ぐ。一瞬真っ白になって抵抗を忘れてしまうと、エドの両腕に力が籠った。我に返って押し返そうとしたけれど、もともと腕力では敵わない。ジュリアは即座に魔法に切り替えた。呪文が使えないから制御できないけれど、自業自得だろう。力任せに放った魔法はエドを壁際まで弾き飛ばした。
「何するのよ!」
 怪我一つしていない様子のエドはその場に膝をついた。
「ジュリア、愛してる」
「母親としてよね?」
「いや、女としてだ」
「やめて!」
 ジュリアは耳を押さえて頭を振った。
「聞いてくれ!」
「嫌よ!」
「愛してるんだ! 俺の気持ちを受け入れてほしい」
 俯いていたジュリアは顔を上げるとエドを睨んだ。暗い表情の中、目だけが輝いていた。それは憎しみの光を宿している。
「ひどい裏切りだわ。母親としての私を、あなたは殺したのよ」
「そんなことは……」
 ジュリアが指差すと玄関のドアが開いた。
「出て行きなさい」
 静かに彼女は命令する。
 弁解のため口を開こうとしたエドは、ジュリアの視線の強さに気圧されて言葉を飲み込んだ。
「今日は外に泊まってくるけれど、明日、落ち着いて話を聞いてほしい」
 ジュリアは返事をしなかった。
 ――翌朝帰ってきたエドの前には、更地が広がり、家もジュリアも跡形もなく消えていた。




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Twitterのタグ「#魔女集会で会いましょう」からの影響で。
シリアスなやつ。
2018.02.24 20:02(Sat)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

(元)小さな魔女の(元)小さな家来

1.最初の年

「ママー! 見て見て見て、わんこ拾ったの!」
 帰ってきたニコラは両腕に茶色の子犬を抱えていた。
 ――子犬?
 ニコラの母で、魔女の師匠でもあるジゼルは首を傾げる。
 じっと見つめると、子犬は縋るようにジゼルを見上げた。
「どこで見つけたの?」
「湖の近く」
「湖? 神殿遺跡の方の?」
 ジゼルが眉を寄せると、子犬はすうっと視線を逸らした。
「飼っていいでしょ?」
 ニコラが無邪気な笑顔で聞く。子犬といえども、まだ小さいニコラの細腕には余るようで、びよんと伸びた体が窮屈そうだ。しっぽの先は地面に付いて土埃に汚れていた。ジゼルはニコラから子犬を取り上げると、愛しいわが子の頭を撫でた。
「かわいいニコラの頼みだから聞いてあげたいんだけどねぇ。これは、本当に犬かしらね?」
 ジゼルが目の前に持ち上げると、子犬は澄ました顔で斜め上を見た。どう考えても怪しい。
「犬じゃなかったら? 狼?」
「うーん、もしかしたらそうかもしれないわね」
「狼でもいいでしょ? レオンおじさんなんて黒豹を連れてるじゃない。私も家来が欲しいの」
 詰め寄るニコラの頬を摘まんで、ジゼルはにっこりと微笑む。
「ママが確かめてみるから、ニコラは手洗って着替えてきなさい」
 不安げにジゼルと子犬を見比べてから、ニコラは大人しくうなずいた。
 ニコラが奥の部屋に入るのを見届けると、ジゼルは子犬を掴んでいた手をぱっと離した。子犬はべしっと床に落ちる、かと思いきや、華麗に着地した。ジゼルは人が変わったような険悪な顔でそれを睨み、舌打ちをする。
「ちっ、小僧が」
 子犬は耳を伏せて、ジゼルをびくびくと見上げた。
 ジゼルはベルトに差してあった木の枝でできた短い杖を取り、子犬に向かって振る。ぽわんと気の抜けた音がして煙が上がると、そこには子犬の代わりに少年がいた。ニコラと同じく十歳くらいだろう。尻餅をついた姿勢で自分の身体を見回している彼の顔をジゼルは知っていた。森に一番近い村の村長の息子だ。
「わ、戻った! すげぇ!」
「一瞬だけよ」
「え?」
「全くもうっ! 神殿遺跡の奥宮には古代の呪いが残ってるから近づくなって親に教わらなかったの?」
 昨夜、遺跡の方で魔法が発動した気配がしたから気になっていたのだ。
「禁止されると行ってみたくなるっていうか……」
「なんですって?」
「ごめんなさい、二度と近づきません! 森の魔女ジゼルさん、じゃなくて、ジゼル様ならなんとかしてくれるかもって思ったんですけど……」
「はああああ、あーあ。面倒だわ……」
 大きなため息を吐くジゼルを、少年は両手で拝む。
「お願いします!」
「まぁねぇ。あんたんちには世話になってるし、助けてやるのはやぶさかではないのよ」
「やぶさか?」
「でもね、時間がかかるの。年に一度ずつ、十年かけて呪いを解かないとならないの」
「え、じゃあ、十年ずっとニコラに飼ってもらえるのか!」
「何言ってるの? 家に帰すに決まってるじゃない」
「嫌だ! ニコラに飼われたい!」
「飼われたいって、あんた……大丈夫? 確かにニコラは天使もかくやってほどのかわいさだけど」
「かくや?」
 時間切れだった。
 ぽわんと再び気の抜けた音がして煙が上がると、少年は子犬に戻っていた。
 そこでちょうど良いタイミングで、ドアを蹴り飛ばす勢いでニコラが戻ってきた。
「ママ! どうだった? 犬? それとも狼?」
「そうねぇ」
 ジゼルはニコラにふんわりと春風のような笑顔を向ける。それから、子犬を非情なまなざしで見下ろした。子犬は、ニコラには本当のことを言わないでと目で訴えていた。ジゼルは仕方なく、
「犬だったわ」
「ほんと! それじゃあ飼っていいでしょう?」
「だーめ! 元の飼い主がいるのよ。ママが返してくるから」
「えっ! そうなの?」
 ニコラは子犬の前にしゃがんで尋ねた。首を横に振ろうとしていた子犬は、ニコラの背後に仁王立ちするジゼルに気づくと慌ててうなずいた。「呪いを解くのは誰だと思ってるの?」という無言の声が聞こえたのかもしれない。
「そっか……残念……」
 がっかりするニコラに土産を買ってくる約束をして、ジゼルは子犬を連れて村に向かった。
 ――そして、数刻ののち。
 森に戻ってきたジゼルは、やっぱり子犬を連れていた。
 約束を破ったことに激怒した少年の母親が「ジゼルさんのところでこき使ってもらいなさい!」と言い、ジゼルがいくら断っても聞かず、しまいには「生活費も払いますから、どうか」と懇願され、結局ジゼルは呪いが解けるまで少年を下宿させる約束をさせられてしまったのだ。
「ジャン、わかってるわね?」
 家への道中、ジゼルは子犬の姿をした少年に釘を刺す。
「ニコラに何かしたら、引きちぎるからね?」
 ジャンが今話せたとして、「何を?」と聞いたかどうか。
 ぶるぶると全身を震わせ、ジャンは必死で何度もうなずいていた。



2.五年後

「いつから犬飼ってるんだ?」
 久しぶりに顔を見せたレオンはジゼルに聞いた。レオンはジゼルの兄弟子だ。いろいろな国を旅してまわっていて、ときどきジゼルの家を訪れた。しかし、五年も間が空いたのは初めてだった。最後に来たのはちょうどジャンがやってくる直前だったから、ジャンとは初めて会う。
「ん? 犬じゃないな……」
「そうなのよ。それがねぇ」
 ジゼルはレオンにお茶を勧め、次第を話し出した。
 開け放ったドアから、庭の様子が見える。ジャンは、レオンの連れの黒豹から守るようにニコラの前に立ちはだかっている。それをあっさり押しのけて、黒豹の首に抱き付くニコラ。勝ち誇ったように胸を張る黒豹。悔しそうに地面を蹴るジャンは、犬らしい振る舞いも板についている。ニコラはいまだにジャンを犬だと思っているようだった。呪いの気配を感じられないのは、魔女としてまだまだだ。
 本来が人間のせいなのか、ジャンの成長速度は普通の犬とは違っていた。五年経って十五歳になったジャンはやっと成犬の大きさになった。呪いの解除も半分が終わり、そろそろ何らかの効果が表れてもおかしくない。
「相変わらずお人よしだな、ジゼルは」
 話し終えるとレオンは苦笑した。
「押しつけられたのよ」
 ジゼルは片手を振って否定した。
「それよりも、あなたは五年もどうしてたの?」
「聞きたい?」
 レオンは魔法でドアを閉めると、素早くジゼルの両手を握った。ジゼルが引き抜こうとしても叶わない。
「こういうのはやめてっていつも言ってるでしょ」
「いつまで出て行った男に義理立てする気なんだ?」
「別にそういうんじゃなくて」
「まだ愛してる?」
「………」
 ジゼルは言葉に詰まって、レオンを睨む。
 続けて何か言おうと、レオンが口を開いたとき、バンッと大きな音を立ててドアが開いた。慌ててレオンはジゼルから手を離し、二人はドアを振り返った。
 駆け込んできたニコラがレオンの手を引く。
「レオンおじさん、旅のお話聞かせて?」
 少し首を傾げて笑顔を見せるニコラは、親のひいき目を考えても、最上級にかわいらしかった。子どもの時分は危ないから森から出ないように言いつけていたけれど、成長してからはますます出せなくなった。まだ少女の域だけれど、あと何年かしたら求婚者が殺到するに違いない。
「ね? いいでしょ?」
「ニコラも相変わらずだな」
 レオンが仕方ないといった口調で立ち上がるのを、ジゼルは引き寄せて囁いた。
「ニコラが懐いてるからって、おかしなことしないでよ?」
「するわけないだろ。それにニコラは俺に懐いているわけじゃない」
 ジゼルが怪訝な顔をすると、レオンはにやりと笑って、ちゃっかりジゼルの頬に口付けた。
「ちょっとっ!」
「レオンおじさん、早く!」
 ジゼルがどなるのと、ニコラがレオンを強く引くのが同時で、レオンは「君たち親子は全く変わらないね」と楽しそうに笑った。
 ジャンはずっとニコラの足元で不安げに行ったり来たりしていた。

 その夜。
 寒さで目が覚めたジャンは、くしゃみをして、自分が人間に戻っていることに気づいた。
 呪いが解ける兆候が表れるだろうとジゼルが言っていたのはこのことだったのだ。
 犬になる直前に着ていた服を、人間に戻ったときにそのまま着ている仕組みらしい。ジゼルが解呪の魔法をかけるたびに成長に合わせた服を用意してくれていたおかげで、服が破れる心配はなかった。ニコラに対する甘い態度とは全く違い、ジャンには冷たいジゼルだけれど、根本的にはとても親切だった。
 ニコラのたっての希望で、ジャンの寝床は彼女の部屋の隅に作られていた。そっと起き上がり、ベッドに近寄る。
 ニコラはぐっすり寝ていた。
 薄いカーテンを通して、月光がほんのりとニコラの横顔を照らす。艶やかな黒髪が薔薇色の頬を縁取って、枕に広がっている。小さな肩が呼吸に合わせて上下していた。
 犬の姿でときどきそうしていたように、ジャンはしばらくニコラを眺めていた。
 昼間はいつもよりニコラの顔を見ることができなかった。ニコラがレオンにつきまとっていたからだ。
 レオンはしばらく滞在するらしく、客間に泊まっている。
 ニコラはレオンが好きなんだろうか。
「ニコラ……」
 無意識に手が伸びる。薄く開いた唇に指が触れる寸前、長い睫が震え、ぱちっとニコラが目を開けた。ジャンは固まる。
「あ、……」
 何か言わなくてはと思った瞬間に、視界が変わった。犬になったのだ。
 ベッドに前足を乗せてニコラの様子を見る。
「なんだ、ジャンだったの……。もう寝なさい……」
 半分寝ている声音でそう言って、ニコラはあっさり目を閉じた。
 夢だと思ってくれたらいい。そう思いながら同時に、自分の存在に気づいてほしいとも思った。
 早く呪いが解けたらいいのにと思うのに、人間に戻ってからもニコラと一緒にいられるのかわからず、それなら一生犬のままでもいいと考えることもあった。
 自分の気持ちが分からず、日を追うごとにジャンの戸惑いは大きくなる。
 ため息を吐くと、それがいかにも人間くさく、ジャンは軽く身震いした。




3.さらに三年後

 ジゼルに師匠の病状を知らせたのはレオンだった。相当危険な状態らしい。
「今なら間に合うんだ。会いに行こう」
「それならニコラも一緒に」
「いや、無理だ」
 レオンは首を振った。
「すまない、馬が一頭しか用意できなかったんだ。俺とジゼルでせいいっぱいだ」
 魔法の流派のせいで、レオンもジゼルも空を飛ぶのは得意ではなかった。普通に陸路を行く方が労力がかからない。
「それなら……」
 断ろうとしたジゼルを制したのはニコラだった。
「ママ、行ってきて。私のことは心配しないで」
「そうだ、ジャンもいる」
 レオンはいまだに犬のままのジャンに目をやる。ジャンに会ってからレオンは頻繁に訪れるようになった。ジャンが満月の夜ごとに人に戻れるようになってからは、剣の稽古をつけていた。元々運動神経が良かったのか、短い稽古時間でもそれなりに扱えてきているらしい。
 護衛としては安心でも、別の意味の不安もあった。
 ジャンの呪いが解けてきているのをジゼルはしばらく気づかなかった。人に戻れるのは夜に限っていたからだ。それを知ったとき、ジゼルはジャンの寝床をニコラの部屋から客間に移した。
 人に戻って何をしていたのか問い詰めたところ、「ニコラを見ていた」とジャンは答えた。
 ――二人きりにして平気だろうか。
 一方でニコラは、ジャンの寝床を移すと聞いて「一緒でも大丈夫なのに」とこぼした。そのとき、ジゼルはニコラの評価を少し変えたのだ。
 結局、レオンとニコラに説得される形で、ジゼルは家を後にした。
 ニコラに見つからないようにジャンを呼び寄せ、「引きちぎられたくなかったら、わかるわね?」と脅すことは忘れなかった。

 ジゼルが出かけて数日。
 ニコラが庭で魔法の練習をするのを、ジャンは遠くから眺めていた。魔法を使うときは危ないから離れているように、最初のころから言いつけられていた。
 十八歳になって一気に女らしくなったニコラを、ジャンはときどき直視できない。眩しすぎる。笑顔でも向けられたら、それだけで倒れそうになる。
 ニコラの杖の先でぽっと火が灯った。彼女は一人で練習しているときはあまり失敗しないのに、ジゼルの前では緊張するのかよく失敗していた。そのため、まだ見習いを卒業できていなかった。
 ふとニコラが顔を上げ、森の小道に目をやった。
 誰か来たのだ。
 ジャンも気づいて、ニコラの隣に駆け寄る。こういうときにジャンが初めから前に出ると、ニコラは必ず下がらせた。それを理解して、ジャンは危険かどうかはっきりするまで隣に控えることにしていた。
 小枝を踏む音を気にせずに現れたのは、青年二人だった。おそらくジャンより少し年上だ。
「誰?」
 ニコラが尋ねた。鈴を鳴らしたような声が硬くこわばっている。
「村の者だよ」
「ジゼルさんが出かけて行ったから、心配でやってきたんだ」
 にこやかな笑顔で二人は答えた。
 ジャンが犬になってから村に帰ったのは、ジゼルに連れられての一度きりだった。幼いころに遊んだこともあるかもしれないが、もう八年も前だ。正直誰だかわからない。
 母親は、村の掟を破ったなんて話せないから、ジャンは遠くの親戚に預けたことにすると言っていた。だから、今ここにいる犬が村長の息子のジャンだと、二人は知らないだろう。
「ジゼル様が頼んだんですか?」
 ニコラはいつもとは違う呼び方でジゼルを呼んだ。
「いいや、違うけど」
「娘さんがいるのは知ってたんだ」
「君がそうだよね?」
「私はジゼル様の弟子です」
 ニコラは否定も肯定もせず、それだけ言った。嘘ではない。娘でもあり弟子でもある。
 ニコラが左足を半歩引くのを合図に、ジャンは彼女の前に出た。
 唸り声をあげて二人を睨む。
「私は大丈夫ですので、どうぞお引き取り下さい」
 無表情のニコラに、さらに何か言い募ろうとした二人は、ジャンがじりじりと近づくと後ずさる。ダメ押しに少し追いかけて吠えてやると、ついには回れ右をして走って逃げて行った。
「ジャン、もういいよ」
 ニコラはほっと息を吐いて、肩の力を抜いた。倒れるんじゃないかと心配になって、ジャンは駆け戻ってニコラのスカートの裾を咥えて引き、家の中に向かわせようとする。
「大丈夫よ」
 ニコラは微笑んでその場に座ると、ジャンの頭を撫でた。
「ありがとう。偉かったわね」
 ニコラに褒められると天にも昇る心地がした。
 幸せをかみしめていたジャンは、そのあと家に戻らずにニコラが庭で何かしていたのをよく見ていなかった。

 その夜。
 就寝時間になると、ニコラはジャンを呼んだ。
「今夜は一緒にいてね」
 幸い満月ではない。
 ――幸い、だ。人に戻ってしまったら、忍耐を強いられることは確実だった。
 ニコラの部屋に入ったジャンは、どこで寝たらいいのかとニコラを見上げる。すると、彼女はベッドに乗って壁に寄りかかると、自分の隣をぽんっと叩いた。
 動揺していて見落としていたけれど、ニコラは着替えていなかった。眠れないのか、寝るつもりがないのか。昼間のことが不安なんだろうか。
 ジャンはニコラの隣に行儀よく座った。ニコラを窺うと、彼女はふっと笑った。それは今まで見たことがない、皮肉めいた笑顔だった。
 驚くジャンに、ニコラは更なる爆弾を落とした。
「人間に戻らないの?」
「ヴァッホォ!」
 変な鳴き声が出た。
 ジャンは焦って、ぶるぶると首を振る。
「自分じゃ戻れないの?」
 犬じゃないことを疑ってもいない様子のニコラに、ジャンは力なくうなずいた。
 ついにこの時が来た。こうして一緒にいられるのも最後かもしれない。
「不便なのね」
 ニコラは何の気負いもなく杖を振ると、いとも簡単にジャンに魔法を使った。ぽわんと煙が上がるとジャンは人に戻っていた。
「え、こんなに大きかったの?」
 いつのまに、と驚くニコラに、ジャンは恐る恐る尋ねる。
「いつから知ってたんだ?」
「そんなの、最初からに決まってるでしょ?」
「ええっ!?」
 そういえば確かに、ニコラは八年前から、着替えるときはジャンを部屋の外に追い出していたし、普通の犬のように舐めたり飛びついたりは絶対に許さなかった。
「そんなに驚くこと? 私だって魔女なんだから」
「だったら何で、ずっと……。俺のこと、犬扱いだったのは何でだ?」
「人間を飼いたいなんて言えないもの」
 人間だと知っていながら飼いたかった? それを深読みすると、自分と一緒にいたかったということだろうか。ジャンがニコラに対して思っていたように?
 ジャンはニコラの両手を握りしめた。身を乗り出して叫ぶ。
「俺と結婚してくれ!」
 ニコラはにっこり笑うと、
「離しなさい」
 かわいらしい声はずいぶん冷たく響いた。これまた聞いたことがない声音だった。
 ジャンは反射的にニコラに従う。八年の犬生活は伊達ではなかった。
 犬の姿ならお座りで待機したところだけれど、人の姿では正座だ。縮こまるジャンを、ニコラは膝立ちになって見下ろす。
 ニコラに対してと自分に対して、ジゼルの態度が全く違うのを思い出す。親子でそっくりだ。
「家来が欲しかったの。そう言ったでしょ? 覚えてないの?」
「覚えてる……」
 レオンの黒豹みたいな家来。
「ニコラはレオンが好きなのか?」
「は? レオンおじさん?」
 話の流れがわからないんだけど、と言いつつも、ニコラは答えてくれた。
「別におじさんのことは好きじゃないわよ。むしろ嫌いだわ」
「ええっ? あんなにいつもつきまとってるのに?」
「馬鹿ね。ママから引き離すために決まってるじゃない」
 ぽかんと見上げるとニコラはうっとりと微笑んだ。
「ママって素敵でしょ。綺麗でかっこよくて、魔法も強力だし。それなのに優しいし」
 いつもの何倍も甘い笑顔だ。
「レオンおじさんはママを狙ってるのよ。私はそれを邪魔してるの」
 ジゼルだって満更ではなさそうだとジャンは思っていたけれど、それを口にするのは憚られた。
「私、ママが大好きなの」
 ジゼルもニコラが大好きだから、相思相愛だ。
「見習いを卒業したらここから出て行かなきゃならないから、試験は失敗するようにしてるし、ジャンのことだって気づいていないふりをしてたのよ」
 それから、ニコラはジャンに上から視線を合わせると、刃のような声を出す。
「ママに言ったら承知しないからね」
 ジャンはうなずくことしかできなかった。
「ママの前では、かわいい無邪気な娘でいたいの。だから、よろしくね?」
 小首を傾げて、いつもようにふんわりと笑うニコラに、ジャンはため息を飲み込んだ。本性を知ったあとでも、彼女が大好きなことは変わらなかった。それに、あの態度を自分にだけ見せてくれたのだとしたら、それはそれでうれしい。
 ちょうど話が終わったタイミングで、ぽわんと煙が上がり、ジャンは犬に戻った。
 犬の耳はすぐさま外の物音を拾う。
「大丈夫。しばらく静かにしててね」
 ニコラを見上げると、彼女はかわいらしく片目をつぶった。
「昼間の二人、絶対に来ると思って、庭に罠を仕掛けておいたの」
 大きな叫び声が聞こえるのはそれからすぐ後のことだった。


終わり






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Twitterのタグ「#魔女集会で会いましょう」からの影響で。
今度はたぶん前提条件に沿ってると思う。
2018.02.24 01:40(Sat)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

魔女の子どもたち

 男の子どもを拾った。迷子なら村へ返してやろうと思ったら、捨てられたのだと言う。
「あんな家帰りたくない」
 子どもは殴られて腫らした顔で私を見上げた。
「何でもするから! ここに置いてください!」
「ふうん、何でも、ね?」
 目を眇めて見下ろすと、びくりと肩を震わせる。
 私は鼻で嗤って、
「名前は?」
「ジ、ジーク」
「いいよ、ついておいで」
 目を見開いて驚くジークに、私は言った。
「あんたは捨てられたんじゃないよ。あんたが家族を捨ててやったのさ」

***

 それから数年後、弟子志望が押しかけてきた。
「皆私のこと何もできないって馬鹿にするけど、私には魔女の才能があると思うんです!」
 がたがたの縫い目の黒いワンピースの裾を握りしめて、少女は私を見上げた。
「何でもするので、私を弟子にしてください!」
「ふうん、何でも、ね?」
 目を眇めて見下ろすと、少女は真剣な顔でうなずいた。
「はい! 何でもします!」
「はははっ。おもしろい子だね」
 私は物置になっていた部屋のドアを開けた。
「まずはここを片付けてもらおうかね。私が若いころに着ていた服がどこかにあるはずだから、見つけ出して、それに着替えな」

***

「お師匠様! 見てください! 花が咲きました!」
 弟子がスミレの鉢を持って駆け寄ってくると、養い子はバタバタ動く麻袋を持って駆け寄ってくる。
「母さん! 蛇捕まえた!」
「ちょっとジーク、私が先よ」
「お前こそ、後にしろよ。俺のは生きてるんだぞ」
 互いを押しのけるようにして私の前に成果を見せに来る二人に、私は苦笑を浮かべる。
「あんたたちは仲良しねぇ」
 そう言ってやると揃って首を振る。
「全然!」
「そんなことないです!」
 同じ年頃の二人は仲良くやっているようだった。
「エリサ、次は三色スミレを咲かせてみなさい」
「はい!」
「ジーク、どこか遠くに放してきなさい」
「えー!」
 口を尖らせるジークに、エリサが勝ち誇ったように笑った。

***

「お師匠様! 見てください! マンドラゴラがうまく抜けました!」
 弟子が引っこ抜いた植物を持って駆け寄ってくる。
「ほぅ。これはなかなか」
「どうですか? すごくないですか?」
「ああ、上出来だ」
「わぁい! やった!」
 笑顔でほめてやると、エリサはマンドラゴラを持ったまま両手を高く上げてぴょんぴょん跳ねた。押しかけてきてから六年。それなりの年になったはずなのに、いつまで経っても子どものように落ち着きがない。
「それじゃ、さっそく痺れ薬の作り方を教えてください!」
「いいだろう。そういう約束だったからね」
 そこで、ジークがやってきて、エリサの肩を押さえた。
「エリサ、土がついてるものを振り回すなよ。母さんも、後にしてくれないかな。せっかく作ったのに」
 ジークは食卓に広げられた羊皮紙を片手でまとめて端に寄せ、料理の皿を並べる。
 少年の域を脱しようとする養い子は、もう私よりも目線が高い。「はいはい」と席に着くと、ため息を吐かれた。何をやらせても魔法に関すること以外はからっきしのエリサに反して、ジークは何でもできた。今や、料理も洗濯も掃除も、薬の管理や販売も、全て彼の仕事だった。
「わぁ、おいしそう! さすがジーク!」
「だから、お前、マンドラゴラは研究室に置いてこいって!」
 いいコンビだと思う。
「もうちょっと成長したら、私の元から独立して、二人で一緒に暮らしたらどうだい?」
 思わずそう提案すると、揃って首を振った。
「えっ、絶対嫌です! こんな口うるさいの」
「俺だって、嫌だよ。こんな手がかかる女」
「それよりもお師匠様、私ずっとお師匠様のところにいたいんです。独立しろなんて言わないでください!」
 エリサがマンドラゴラを握りしめて訴えると、ジークは責めるように私を睨んだ。
「俺の家はここだけだ」

***

「お師匠様? 見えますか? ずっと消えないランプを作ったんです」
 弟子が私の枕元にランプを置く。
「母さん、スープなら食べられるだろ?」
 養い子が私を起こし、背中に丸めた毛布をあてて寄りかからせる。
 一口二口食べさせてもらったところで私は首を振った。
「母さん、もう少し食べないと」
「そうですよ、お師匠様」
「いや、もういいよ」
 十分生きた。
「そんなこと言わないでください!」
 エリサが私の手を握る。
「私がいなくなっても二人で仲良く暮らしなさいよ」
「嫌です!」
 エリサはすぐさま声を上げた。ジークは少し黙って私たちを見つめ、「果物なら食べられるかもしれないから」と部屋を出ていく。
 いつからか、ジークは嫌だと言わなくなった。
「エリサ……」
 俯いた彼女の手を握り返すと、小さな呟きが聞こえた。
「二人きりなんて無理です。怖い」
「ジークはあんたが嫌がることなんてしないさ」
「はい、知ってます。でも……」
「でも?」
「ジークが私といてくれるのは、お師匠様がいるからです」
「そんなことはない」
「いいえ、あります! だって、私、何もできないもの。呆れて、嫌われて、ジークが出て行っちゃったら?」
「そんな薄情な子に育てた覚えはないよ」
 私は震える手を伸ばして、エリサの頬を撫でる。そのまま後ろを振り向かせた。
「そうだろう? ジーク」
 少しだけ開いていたドアを風の魔法で開くと、ジークが立っていた。憮然とした顔でエリサを見ている。
「聞いてたの!?」
 大声を上げて飛びついたエリサはジークの胸をぽかぽかと叩く。いつもの調子で彼女の両腕を掴んで制したジークは、そのままぎゅっとエリサを抱きしめた。初めてのことに驚いたのか、エリサの動きがぴたりと止まった。
「馬鹿か、お前は。なんでそんなこと悩んでるんだよ」
「だって……」
 エリサの声が涙に滲む。そこで、ジークは顔を上げて私を見た。彼の少し困ったような表情は、初めて会ったときを思い出す。私は大きくうなずき返した。
 それから私は風の魔法でそっとドアを閉めた。
「残り少ない魔力を使わせて、全く世話のやける子どもたちだよ」






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Twitterのタグ「#魔女集会で会いましょう」からの影響で。
タグの前提条件とはちょっと違う気がするので、タグはつけず。

2018.02.18 18:42(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |
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