HOME > オレンジ宇宙制作室

オレンジ宇宙制作室(創作文章ブログ)

P

 休み時間のたびに、彼Qはうちの教室にやってくる。私Aの前の席が空なのを見て、あからさまにがっかりした顔をした。
「彼女Pは? どこ行ったの?」
「さぁ、わかんない」
 首を振ったけれど、本当は知っている。彼女Pは彼Bに会いに行っているのだ。次の授業が始まるギリギリに戻ってくる彼女Pは、いつも楽しそうに彼Bの話をするから。
「すれ違いばっかりなのに、なんで彼女Pを追いかけるの?」
 前から不思議に思っていたことを聞くと、彼Qは真剣な目で、
「そういう宿命なんだ」
 そして照れ隠しなのか、笑って付け足した。
「君Aにはわからないだろうけどさ」
「宿命……」
 その言葉はすとんと私Aの心に嵌った。
「わかるよ」
 私Aは大きくうなずく。目を瞠る彼Qに繰り返す。
「よくわかる」
 計算によると、彼Qと彼女Pは三日に一度は会うことができる。でも、私Aと彼Bはいつまで待っても出会えない。彼女Pは休み時間ごとに彼Bに会いに行けるのに。
「そういう宿命なんだね」
 ため息と一緒に飲み込むと胸が詰まった。


第153回タイトル競作『P』【選評】○△

微修正の上、豆本「超短編豆本 2017年春ノ巻」収録。

2017.01.30 22:05(Mon)| カテゴリー:500文字の心臓 | 個別表示 |

誕生日特典

「誕生日おめでとうございます」
 定期券で自動改札を通り抜けようとしたら、残額の下にそう表示された。
 改札が閉じて、「ハッピーバースデートゥーユー」が鳴り響く。
 立ち往生する私の前に駅員が小さなケーキを持って現れる。笑顔で促され、蝋燭を吹き消すと改札が開いた。
「サービスです」
 そう言って渡されたケーキを持って、私は電車に乗り込んだ。
2017.01.13 00:23(Fri)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

一月十二日

 かばんのグローブホルダーに吊り下げた猫が鳴く。みぃみぃみぃと、薄い黒い革の子猫。
2017.01.12 09:42(Thu)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

仕事が納まらない

 A4封筒には入らない。テンガロンハットからも溢れる。冷蔵庫の野菜室に入れると閉まらない。コインロッカーの大きい方にも入らない。単身引っ越しパックじゃ送れない。それなのに、どういうわけか、小さながま口財布には入ってしまうのだ。
2016.12.28 20:58(Wed)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

ショートカット

 顔を洗って鏡を見ると母がいた。私じゃない。母に見える。
 そういえば昨日髪を切ったんだった。
 ドライヤーでセットすると妹がいた。私でも母でもない。妹に見える。
 そういえば前髪を揃えたんだった。
 母になった私は産んでもいない娘たちに朝ごはんを食べさせ、妹になった私はいもしない姉を見送る。
 母と妹に見送られた私は、夫になるひとを見付ける。結婚して義姉ができ、娘を授かる。
 顔を洗って鏡を見ると母になった私がいた。妹でもある。朝ごはんを食べさせ、家族を見送る。




----------
「同じ骨」企画参加
http://ice03g.wpblog.jp/kikaku/same_bone/
2016.12.23 15:52(Fri)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

指紋認証

 何回ボタンを押しても反応しないから、私にもやっと理解できた。本当に私はもういないのだ。
2016.12.21 08:56(Wed)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

差し押さえ

「あっ! それは、長年継ぎ足して使っている秘伝のシャンプー!」
「混ざっているのか?」
「いいえ、同じものです。それならいいですよね?」
「だめだ。差し押さえる」
「え、ま、待ってください! あっ、そっちは秘伝のハンドソープ! お願いします、それだけは勘弁してください! もう売っていないボトルなんです!」
「混ざっているのか?」
「いいえ! 洗いました! 中身は別のものなので。だから、これはいいでしょう?」
「しかし、さきほど秘伝と言ったではないか。つまり洗った以降は継ぎ足しているのだろう?」
「え、ええと、それはその」
「差し押さえる」
「ああぁー」
2016.12.18 09:03(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

晩ごはんは林檎

 晩ごはんは林檎です。緑の方です。え? 青なんですか? そうですか。
 皮は剥きません。面倒なので。案外、大丈夫ですよ。
 もちろん、火はつけます。林檎ってそういうものじゃないですか? 火つけないと意味ないっていうか。ええ、はい。そうです。そうなんです! 林檎が溶けるときのキャラメルの香りが最高ですよね。
2016.12.02 20:19(Fri)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

あたしたちにはハーゲンダッツがついている

「ここが魔王フェルマータの城ね」
 熱砂漠の果て。あたしは砂と同じ白茶色の断崖を見上げた。門番の魔物が山ほどいるんだろうと身構えて近づいたのに、彫刻が施された石の扉の前には誰もいないどころか、罠さえなかった。
「ねぇ、ファソラちゃん。ほんとに行くの?」
「当たり前でしょ。ここまで来てなんで帰るのよ!」
「だって、魔王だよ」
 声を震わせるシドレミに、あたしは剣を掲げてみせる。
「大丈夫。あたしたちにはこれがあるもの!」
 深みのあるボルドーの鞘に指を滑らせると、ひんやり冷たい。このままでも甘い香りが立ち昇る。
 鞘の中央に飾られたイエロームーンストーンと極小のブラックダイヤを見て、シドレミは悲鳴を上げた。
「ま、待って! それ、バニラ? どうしてバニラなの? クリスピーで補強されたストロベリーフロマージュとか、クッキーを埋め込んだメープルカスタードとか、レアなやつ持ってたよね?」
「ああ、あれね。下取りに出したの」
「まさか、バニラのために?」
「もちろん」
 あたしが胸を張ると、反対にシドレミはがっくりと肩を落とした。
「もう帰ろうよ。バニラじゃダメだよ」
「何言ってんのよ! バニラ最強でしょ!」
 すらりと剣を抜くと、香りが強まった。冷気を纏った淡い黄色の刀身が艶めく。その刃紋にハートが浮かんでいる。
「見てよ! ほら、クリアハート!」
「ああー、ファソラちゃんはそういうの好きだもんねー」
「何よ! 幸せのハートなんだから。魔王だって好きに決まってるわよ」
「だといいけどねー」
 あたしはシドレミの腕を引いて無理やり立たせる。
「やっぱり、バニラはないよ」
 しつこく言い続けるシドレミを無視して、あたしは呼び鈴を鳴らした。
「あたしは早く次の音楽を奏でたいの。もう余韻にはうんざりなのよ!」
2016.11.28 22:22(Mon)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |

指ぬきのこと

「みきのことは好きだと思ってるよ。でも、まきのことも好きなんだよ。ほら、楽器に例えるとベースとギターみたいな、さ。俺バンドやってるから」
「意味わかんないんだけど」
 私はそう切り捨ててから、彼に聞く。
「さきのことは?」
「え? さき? なんで知ってんの」
 無言で睨むと、彼は慌てて言い訳を始めた。
「いや、さきのことも好きだけどさ、それはほら、楽器に例えるとヴァイオリンとヴィオラみたいな。俺クラシックもやってたから」
 それは初耳だけれど、楽器のことはどうでもいいのだ。私は改めて彼を睨む。
「私、ゆきのことだって、あきのことだって、知ってるんだよ。うきのことも、かきのことも、くきのことも、どきのことも、ぼきのことだって全部知ってるんだから!」
「それじゃあ、指ぬきのことは?」
 今までとは打って変わって、落ち着いた声音で彼は聞いた。
「指ぬき? まさか、そんなものにまで手出してるの?」
 逆上する私の左手を取って、彼はすっとひざまずいた。
「結婚しよう」
 ぽかんと口を開ける私の薬指に、返事を待たずに、彼は指ぬきを嵌めた。




-------------------
三題噺「キノコ」「楽器」「指ぬき」への投稿作
http://inkfish.txt-nifty.com/diary/2016/08/post-d951.html

結果
http://inkfish.txt-nifty.com/diary/2016/11/post-6cf8.html
栗田ひづる賞(大賞)受賞
2016.11.13 20:00(Sun)| カテゴリー:単品 | 個別表示 |
<< | 2 / 40 | >>

アーカイブ

作品検索